ツキノワグマの大量出没に関する要望書


要望書 2010年10月28日

内閣総理大臣 菅直人 殿
環境大臣 松本龍 殿
農林水産大臣 鹿野道彦 殿

ツキノワグマの大量出没に関する要望書

拝啓、時下ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。
日頃、自然環境の保全に関するご尽力を賜り誠にありがとうございます。

さて、まさに現在、名古屋市で第10回生物多様性条約締約国会議が開催されている最中に、各地でツキノワグマが人里に出没、人身や農作物に被害が発生している結果、有害捕獲により多数のクマの捕殺が行われております。このクマの問題は、単なる鳥獣行政の問題ではなく、生態系の崩壊と中山間地域、里地・里山の社会構造の問題であると考えます。

また、日本は今後2年間、生物多様性条約第10回締約国会議の議長国となります。生息地における大型哺乳類と人間との軋轢の問題について抜本的な政策を導入し、同様の問題に苦しむ各国が参考になるような行政の実施をお願いしたいと存じます。

本件に関連し、要望内容および別添資料をご検討いただきたく、ご高配よろしくお願いいたします。

日本クマネットワーク代表 山﨑晃司 
WWFジャパン事務局長 樋口隆昌

要望

要望1:国は広域管理に主導的な役割を果たすこと

国は、生物多様性条約の理念を受けて制定した生物多様性基本法の基本原則に基づいて、今後の対策を充実し、保護・管理計画に主体的・積極的に関わること。
大型ほ乳類は広域を移動するため、都府県別に独自で管理するのは困難である。

要望2:国は野生動物保護管理体制を改善すること

国は、現在の野生動物保護管理体制を改善すること。ツキノワグマの管理体制の問題だけでなく、シカ、サル、カモシカ、イノシシなどの野生生物問題と同根であり、環境行政の不備から発生している問題を改善する。

ついては、緊急の具体的な改善策として以下を提案いたします。

  • 予防原則に基づき、国レベルでの、絶滅の危険性に応じた管理ユニットごとでの生息地と野生生物の総合的な保護管理を、土地所有者の参画を得て実施する。都府県はこれをサポートする。
  • 今年のような食物の欠乏が頻発するのを防ぐために、ツキノワグマの生存が担保できるような生息地の保全を行うこと。一例としては,地域のクマの土地利用と利用食物をまず把握し、人間生活空間に近接しない、あるいは通過せずに移動できる場所に,果実(特に堅果類)を産する森を再生・配置すること。
  • 人間と野生動物との遭遇を避ける工夫をする。緩衝地帯を設け、生態学の知識を有する専門家からなるレンジャー部隊を配置する。人身被害を避けるために、ツキノワグマの分布域管理と個体管理を推進する。一例としては、GPSテレメトリーなどを駆使し、人里に近づく個体を事前に把握し、押し戻すなどの活動が必要。
  • これらを実現するために、環境行政に関わる人員と予算を増額する。さらに、ツキノワグマの個体ベースの研究、長期研究体制の構築も必要。

以上 

参考資料

ツキノワグマについて

  • ツキノワグマは、ヒマラヤ南麗から東南アジア北部、中国東北部、台湾、海南島、日本の本州以南に生息する。日本のツキノワグマは固有亜種【Ursus thibetanus japonicus (Schlegel, 1857) 】。本州以南では最大のほ乳動物。採食や冬眠は森林に大きく依存している。繁殖率は低い。
  • 日本では西日本を中心に生息地の分断・孤立化が進んでおり、環境省のレッドデータブックでは、紀伊半島、東中国地域、西中国地域、四国山地、九州地方、下北半島の6地域の個体群が、絶滅のおそれのある地域個体群とされている。九州地方では絶滅している可能性が高いとされている。

人間との軋轢

  • 現在の人との軋轢は、戦後の森林行政と、その後の林業の衰退、貿易の自由化、高度成長期と関連して起きていると考えられる。多くの広葉樹林を単調な針葉樹林に転換したことで、食物となる堅果(ドングリなど)が減少した。また、山地に道路やダム、リゾート施設を作り生息地を改変、分断し、都会に人が流れたことで里山が衰退したことなどが背景にある。
  • ツキノワグマが人里に頻繁に出る問題は最近ではほぼ数年ごとに発生している。これはドングリ類の豊年と凶作年が数年ごとに繰り返されるため。人里に出没したクマは農業・畜産被害(農作物や家畜の食害)や人身事故を起す。
  • 捕獲数は年度ごとにばらつきがあるが、2004年度以降を見ると1,175頭から5,185頭の間を推移している。下表で、2008年度に捕獲頭数が少ないのは、2006年度の過剰捕獲が原因とみられている。
2004年度以降のツキノワグマの捕獲数(単位:頭)
  捕獲数 年度計 捕殺数 非捕殺数
2004年度 2,546 2,326 220
2005年度 1,175 1,101 74
 2006年度  5,185  4,679  506
 2007年度  1,393  1,283  110
2008年度  1,493  1,370  123
2009年度  1,684  1,570  114
2010年度* 2,366 2,120 246

(出典:環境省 *2010年度は9月末暫定値)

  • 捕殺か非捕殺の判断は県および市町村ごとの判断に委ねられており、かなりの差が見られる。下の表は2006年度に捕獲が多かった10県の実績に今年度の暫定値を加えている。捕獲個体数に対する非捕殺率のばらつきが見られる。この差は県や市町村の方針によるが、県や市町村の経済基盤や放獣できる森の深さ、判断をする人の考え方に大きく影響していると思われる。またこうした権限は、県から市町村に委譲される場合が増えており、市町村の負担となっている。
2006年度のツキノワグマ捕獲数トップ10の捕殺・非捕殺状況単位:頭
2006年度 2010年度*
捕殺 非捕殺 捕殺 非捕殺
長野 704 558 131 330 265 65
山形 689 688 1 150 146 4
新潟 504 489 15 126 122 4
福島 439 434 5 156 155 1
群馬 333 327 6 219 192 27
秋田 316 312 4 186 186 0
福井 247 101 146 22 11 11
岐阜 246 220 26 135 130 5
岩手 241 219 22 146 134 12
宮城 211 200 11 44 42 2

(出典:環境省 *2010年度は9月末暫定値) 

 

保護対策

  • 鳥獣保護法と鳥獣被害特別措置法がベース。
  • 県別に特定鳥獣保護管理計画が作られている。
  • 5年ごとに自然環境の調査をすることが定められている。9種の中大型ほ乳類(ツキノワクマ、ヒグマ、シカ、サル、カモシカ、イノシシ、アナグマ、タヌキ、キツネ)の調査は5年ごとに行われている。

保護上の問題点

  • 中山間地域の過疎・高齢化などにより、緩衝地帯としての機能が失われてきており、ツキノワグマの人間生活空間への接近が容易になっている。
  • 開発などによって生息地が分断・縮小している地域があり、西日本、紀伊半島、四国などでは小さな個体群が孤立状態にある。
  • 餌となるドングリ類には豊作凶作がある一定周期で起こり、年によってはすべてのドングリ類で凶作が同調する。このような緊急年には、ツキノワグマは食物を求めて広範囲を移動するが、その際に人との軋轢を起こしやすい状況になる。
  • 人里周辺には、ツキノワグマを誘引する人間由来の食物が存在している(収穫されないカキやクリ、残飯、ペット飼料、家畜飼料など)。果樹を生産している地域では、価値の無い果実を埋めずに放置することによりツキノワグマを誘引している現状がある。
  • 以上のような背景の中で、毎年1,000頭以上が有害捕獲を受けている。
  • 1999年の地方分権による権限委譲で、国に保護管理を行える体制がない。国は県に対し、保護管理計画を要求しているが、計画を持たない県もある。クマは都府県という行政区域を越えて移動するが、総捕獲数管理の基になっている個体数推定や個体数水準は都府県という行政区分単位で行われている。この方法での個体数水準には科学的根拠が不十分である。また、近隣府県との連帯もない。ツキノワグマの移動性を考慮すると、都府県を超えた広域レベルでの管理が必要である。
  • 日頃からのモニタリングに基づく科学的な保護管理が不十分なために、食物不足の緊急時にツキノワグマが人里に姿を現した際に、猟友会に依頼して捕殺するという選択肢以外を取れなくなっているところがある。
  • 予防原則が働いていない。これは、野生生物の保護に予防原則を要求している、生物多様性基本法(第3条3項)に違反している。

 

生物多様性基本法

日本は、生物多様性条約に基づいて、2008年5月28日、生物多様性基本法を制定した。この法律では、基本原則、地方公共団体や事業者、国民や民間団体の責務を述べ、事業計画立案の段階で生物多様性に係る環境影響評価を求めている。

生物多様性基本法(基本原則) 第3条

  1. 生物の多様性の保全は、健全で恵み豊かな自然の維持が生物の多様性の保全に欠くことのできないものであることにかんがみ、野生生物の種の保存等が図られるとともに、多様な自然環境が地域の自然的社会的条件に応じて保全されることを旨として行われなければならない。
  2. 生物の多様性の利用は、社会経済活動の変化に伴い生物の多様性が損なわれてきたこと及び自然資源の利用により国内外の生物の多様性に影響を及ぼすおそれがあることを踏まえ、生物の多様性に及ぼす影響が回避され又は最小となるよう、国土及び自然資源を持続可能な方法で利用することを旨として行われなければならない。
  3. 生物の多様性の保全及び持続可能な利用は、生物の多様性が微妙な均衡を保つことによって成り立っており、科学的に解明されていない事象が多いこと及び一度損なわれた生物の多様性を再生することが困難であることにかんがみ、科学的知見の充実に努めつつ生物の多様性を保全する予防的な取組方法及び事業等の着手後においても生物の多様性の状況を監視し、その監視の結果に科学的な評価を加え、これを当該事業等に反映させる順応的な取組方法により対応することを旨として行われなければならない。
  4. 生物の多様性の保全及び持続可能な利用は、生物の多様性から長期的かつ継続的に多くの利益がもたらされることにかんがみ、長期的な観点から生態系等の保全及び再生に努めることを旨として行われなければならない。
  5. 生物の多様性の保全及び持続可能な利用は、地球温暖化が生物の多様性に深刻な影響を及ぼすおそれがあるとともに、生物の多様性の保全及び持続可能な利用は地球温暖化の防止等に資するとの認識の下に行われなければならない。

参考 生物多様性条約

第14条 影響の評価及び悪影響の最小化

1 締約国は、可能な限り、かつ、適当な場合には、次のことを行う。

(a) 生物の多様性への著しい悪影響を回避し又は最小にするため、そのような影響を及ぼすおそれのある当該締約国の事業計画案に対する環境影響評価を定める適当な手続を導入し、かつ、適当な場合には、当該手続への公衆の参加を認めること。

(b) 生物の多様性に著しい悪影響を及ぼすおそれのある計画及び政策の環境への影響について十分な考慮が払われることを確保するため、適当な措置を導入すること。

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