©WWFJapan

水田・水路で生きものを探そう!熊本でイベントを開催

この記事のポイント
絶滅の危機にある日本固有の希少な淡水魚が多く生息する熊本県玉名市。2019年4月13日、同市の農村地帯で小学生を対象とした、水田・水路の生きもの観察するイベントを開催しました。このイベントは、地域の未来を担う子どもたちに、地元の自然の価値と、それを保全する意味を考えてもらうことを目的に実施したものです。講師には九州大学より魚類の専門家の鬼倉徳雄先生、そして貝類の専門家である林博徳先生を招聘。また開催にあたっては、地域の子ども会や農業者の方々、市役所の皆さまに、多大なご協力をいただきました。当日のフィールドとなった田んぼをめぐる水路では、快晴の空の下、網を手に生きものを探す子どもたちの元気な声が響き渡りました。

貴重な水田・水路の自然が残る玉名市

日本有数の水田地帯が広がる九州地方。
ここは現在、ニッポンバラタナゴやカワバタモロコ、ミナミメダカなどをはじめ、絶滅の危機にある日本産淡水魚が数多く分布する地域でもあります。
世界中で、この地域にしか生息していない魚も少なくありません。
これらの絶滅が心配される魚類の多くが生息するのは、水田やそれをつなぐ水路、またため池など。
しかしそうした環境が近年、水路をコンクリートで固める整備や開発などによって、九州各地でも失われ、魚たちも姿を消してきました。
その中で、まだ自然度の高い土堤の農業用水路や小川を残しつつ農業を進められている農業者の方々の努力により、魚が生き延びている地域があります。
そうした環境をとどめつつ農業が行なわれている貴重な場所の一つ、熊本県玉名市で、WWFジャパンは2019年4月13日、地元の子どもたちを対象とした、生きもの観察イベントを実施しました。
今回は、2018年11月に続く2回目の開催。いずれも、自然や農業の未来を担う玉名市の子どもたちに、地元の自然の価値と、それを保全する意味を考えてもらうことを目的に、実施したものです。

©WWFJapan

豊かな自然の残る玉名の水田風景

生きもの観察会in玉名

今回のイベントに参加してくれたのは、112名。その内、約半分が地元の小学生で、もう半分が地元の高校生や農業者、市役所、企業関係者、メディア、研究者の皆さんでした。
この日、講師を務めてくださったのは、淡水魚の専門家である九州大学農学研究院の鬼倉徳雄先生と、自然再生や河川工学の専門家で二枚貝に詳しい九州大学工学研究院の林博徳先生、そして研究室に所属する大学院生の皆さんです。
参加者の皆さんは、まず会場となった小学校でWWFのスタッフから水田・水路の自然の大切さと、それを守る取り組みについて説明を受けた後、水の流れがある近くの農業用水路へ。
ここは水深の深いコンクリートの水路でしたので、小学生は水路に入らず、大学院生が投網で魚を捕えるところを見学しました。
網にかかってきたのは、ドンコやドジョウ、ギンブナなどの淡水魚たち。身近な水路とはいえ、普段は間近に見る機会のない、その水の中に息づく魚たちの元気な姿に皆、目を見張りました。

水に触れるイベントであるため、毎回鬼倉先生には安全に観察会を進めるためのお話とライフジャケットの装着を参加者にお願いしています。
©WWFJapan

水に触れるイベントであるため、毎回鬼倉先生には安全に観察会を進めるためのお話とライフジャケットの装着を参加者にお願いしています。

いつも投網で調査されている鬼倉先生や大学院生は、狙っている水路の形に投げた網の形を合わせることが出来るそう。たとえば細長い形の水路であれば細長い形に網を広げて開かせたり、三角形の形の水路であれば三角形にと熟練した技があるのだそう。
©WWFJapan

いつも投網で調査されている鬼倉先生や大学院生は、狙っている水路の形に投げた網の形を合わせることが出来るそう。たとえば細長い形の水路であれば細長い形に網を広げて開かせたり、三角形の形の水路であれば三角形にと熟練した技があるのだそう。

投網で捕れた淡水魚を手に持ち、子どもたちに説明する鬼倉先生。この後魚は水路に戻しました。
©WWFJapan

投網で捕れた淡水魚を手に持ち、子どもたちに説明する鬼倉先生。この後魚は水路に戻しました。

当日協力してくださった鳥栖高校の学生や大学生の皆さまにも、ご協力頂きました。写真は捕れた淡水魚を子供たちに説明する大学生。
©WWFJapan

当日協力してくださった鳥栖高校の学生や大学生の皆さまにも、ご協力頂きました。写真は捕れた淡水魚を子供たちに説明する大学生。

その後、もう少し細く、底が泥や砂の浅い水路へみんなで移動。
林先生と一緒に農業用水路に入って網を使い、水面にせり出した植物の葉の下などにいる生きものを探す「ガサガサ体験」をしました。
そこでは泥や砂の中にすむ二枚貝を、5種も捕まえることが出来ました。
「あった、あった!」と二枚貝を捕えた子供たちから大きな声がアチコチから。
最初は「この貝とこの貝、どこが違うの?」と言っていた子供たちも、二枚貝の種類による違いを先生から真剣に聞いていました。

林先生の説明を聞いて、農業用水路で二枚貝を探す子供たち。水路の底にたまっている泥や砂ごと網にとり、二枚貝だけでなく水生昆虫なども捕れました。
©WWFJapan

林先生の説明を聞いて、農業用水路で二枚貝を探す子供たち。水路の底にたまっている泥や砂ごと網にとり、二枚貝だけでなく水生昆虫なども捕れました。

参加した子供たちが捕った二枚貝を手に持ち、子どもたちに説明する林先生。この後二枚貝は水路に戻しました。
©WWFJapan

参加した子供たちが捕った二枚貝を手に持ち、子どもたちに説明する林先生。この後二枚貝は水路に戻しました。

タナゴ類の婚姻色と二枚貝との不思議な関係

観察のあと、鬼倉先生と林先生から、それぞれ魚と貝についてお話をいただきました。

鬼倉先生がお話しくださったのは、まず、この玉名市には、世界で九州にだけ生息する固有種を含む、タナゴ類の魚が6種も生息していること。そして、その中には、絶滅のおそれのある種も含まれていることです。
先生は、「もともと九州に生息しているタナゴは6種なので、それが全て、今も生息していることは、とてもスゴイことだ」とお話しくださいました。

また、このタナゴが生きていくには、参加者の皆さんが捕まえた、水路の底にすむ二枚貝が必要であることも話していただきました。

タナゴ類は二枚貝の中に産卵管を差し込み、産卵する習性があります。これは二枚貝の栄養を横取りするような寄生ではなく、貝殻の中で安全に卵を育てるための手段。タナゴ類ならではの、面白い習性によるものです。

タナゴは、種類によって産卵する二枚貝の種類も使い分けているので、タナゴが6種いるということは、それだけ多様な二枚貝も生息しているということ。
これは、玉名市に豊かな自然が残っていることの証といえます。

鬼倉先生のお話。タナゴの種ごとに、どの二枚貝に産卵するか、1つ1つわかりやすくご説明くださいました。
©WWFJapan

鬼倉先生のお話。タナゴの種ごとに、どの二枚貝に産卵するか、1つ1つわかりやすくご説明くださいました。

参加してくれた小学生約50名。きれいに整列して、先生のお話をしっかりと聞いてくれました。またバケツに入った大きなカムルチーを興味深そうに見ています。
©WWFJapan

参加してくれた小学生約50名。きれいに整列して、先生のお話をしっかりと聞いてくれました。またバケツに入った大きなカムルチーを興味深そうに見ています。

鬼倉先生は「婚姻色」が出ているタナゴのきれいな姿を参加者に見せてくださいました。この色は、タナゴ類が産卵する今の時期だけ見せる特別な彩りです。
©nature works

鬼倉先生は「婚姻色」が出ているタナゴのきれいな姿を参加者に見せてくださいました。この色は、タナゴ類が産卵する今の時期だけ見せる特別な彩りです。

捕えた大きなカムルチー(ライギョ)。鬼倉先生が子供たちに向けて説明を始めたとたん、子どもたちから「外来種!」の声。実はこのカムルチー、食用で入ってきたとも言われていて、切り身をあげて食べるとプリプリで美味しいとのお話も。参加者からは「食べてみたい!」と声が上がりました。
©WWFJapan

捕えた大きなカムルチー(ライギョ)。鬼倉先生が子供たちに向けて説明を始めたとたん、子どもたちから「外来種!」の声。実はこのカムルチー、食用で入ってきたとも言われていて、切り身をあげて食べるとプリプリで美味しいとのお話も。参加者からは「食べてみたい!」と声が上がりました。

二枚貝からみる玉名の自然

二枚貝に詳しい林先生のお話にも、参加者の皆さんは興味津々でした。
タナゴ類は今、日本全国で絶滅の危機に瀕していますが、その大きな原因の1つが、産卵に欠かせない、この二枚貝が減っているためだそう。
二枚貝は種によって、泥っぽいところ、砂っぽいところ、流速の早いところなど、それぞれ生息地の好みが異なります。
河川や水路に残るこうした環境のどれか一つでも、開発や整備で失われれば、そこだけで生きられる二枚貝がいなくなり、その貝に産卵するタナゴも姿を消してしまうのです。
今回のイベントでは、そんな二枚貝がちょっと網を使ってみただけで5種も捕れました。
林先生は「九州で500地点以上も二枚貝の調査をしたが、こんなところはありません」と、この玉名市の水田環境の貴重さを強調。「九州全体でみると国宝級ですね」との言葉に、参加者の皆さんからは驚きの声も聞かれました。

捕れた二枚貝を1つ1つ丁寧にご説明して下さっている林先生。それぞれの種ごとにこのみの環境が異なり、多様で豊かな水路が生きものにとって大切であることが分かりました。
©WWFJapan

捕れた二枚貝を1つ1つ丁寧にご説明して下さっている林先生。それぞれの種ごとにこのみの環境が異なり、多様で豊かな水路が生きものにとって大切であることが分かりました。

イベントでとれた二枚貝。林先生からは、二枚貝の外見は黒色一色で地味かもしれないが、中は美しいこと。また種によっては淡水真珠がつくれるといった、二枚貝に関するお話が聞けました。
©WWFJapan

イベントでとれた二枚貝。林先生からは、二枚貝の外見は黒色一色で地味かもしれないが、中は美しいこと。また種によっては淡水真珠がつくれるといった、二枚貝に関するお話が聞けました。

玉名の豊かな自然で大きくなってほしい

今、この九州の水田地帯はもちろんのこと、日本の各地で、水田や水路の生態系が危機にさらされ、淡水魚や二枚貝が減少し続けています。

里地や里山の一部でもある、こうした水田や水路の自然は、コメ作りのために人の手で形成される「二次的自然」。

つまり、これを守ってゆくためには、コメ作りという農業が欠かせないばかりでなく、同時に昔ながらの土でできた農業用水路や、水の管理が必要になる、ということです。

一方で、近年は農業者の高齢化などに伴い、機械化、集約化が進んで、水路も泥などがたまりにくく管理がしやすいコンクリートで作り直される例が増えてきました。
崩れやすく、管理の手間がかかる土のままの水路を維持していくのは、農家にとっても大きな負担。その中で、自然な環境を守りながら農業を継続していくことは、容易なことではありません。

農業が継続できなければ、水田や水路の自然を未来にのこすことはできず、管理しやすい整備を進め過ぎれば、生きものは姿を消してしまう、二次的自然の保全は常に、こうした難しさを抱えています。
生物多様性保全と農業、どちらかだけを優先するのではない、共に未来を目指していく新しい取り組みが今、必要とされています。

「是非この自然を愛して欲しいし、この自然で遊んで大人になってください」
「二枚貝などの生きものが100年後もすみ続けられるように、みんなで大事にしていけたらいいなと思っています」
鬼倉先生と林先生は最後に、子どもたちや地元の方々に向かい、そうお話しくださいました。

地元の自然を深く知り、世界的なその価値と、それを守ることの意味を伝えたこのイベント。
実施後には、「これは何とかしなければならん」という力強いメッセージが農業者や地元子ども会役員の皆さんの間からも聞かれました。

またイベントの際に実施したアンケート結果からも、地元の子ども、大人を問わず、「玉名の自然を大切にしたい」という強い意志がうかがわれました。

子供たちのアンケートの中からは、

「しぜんをだいじにしようとおもった」(原文ママ)
「自分の住んでいるこの玉名は特別なんだなと思った」(原文ママ)
「しらない生きものをみてびっくりした」(原文ママ)
「たいせつにしないとと思った」(原文ママ)
「ぜつめつきぐしゅを大人になってからもいるようにしぜんをのこしたいです。」(原文ママ)
「いろんなところの人に「玉名はこんなにしぜんがあるんだ」と言うほど今のしぜんのままにして守っていきたいです。」(原文ママ)
「みんなでのこっているものをすこしでもおおくのこしたいです!」(原文ママ)

といった意見がありました。

図1自然再生に子供たちを参加させたいですか? 生物と共存する農業を応援したいですか?(大人用アンケートN=39)

図1自然再生に子供たちを参加させたいですか? 生物と共存する農業を応援したいですか?

図2生物と共存する農業を応援したいですか?(大人用アンケートN=39)

図2生物と共存する農業を応援したいですか?

図3イベントは面白かったですか?

図3イベントは面白かったですか?

図4どんなイベントに参加したいですか?

図4どんなイベントに参加したいですか?

国内外を問わず、その地域の自然を守る時の主役となるのは、その地域に根差して暮らす地元の皆さんです。
今回のイベントはそうした方々と共に、WWFが目指そうとしている「農業と一緒に進める生きもの豊かな水田・水路」の保全に向けた、大事な一歩となる期待を感じさせる機会となりました。

WWFジャパンは引き続き、地域の行政や農業者、企業、そして学校関係者の方々と協力しながら、水田に生きる日本固有の希少な生きものの保全を進めていきます。

©WWFJapan

みなさん、お疲れさまでした!

イベント情報
日時 2019/4/13 (土)
場所 熊本県
参加者数 112名
主催 WWFジャパン
後援 玉名市役所
協力 九州大学農学研究院鬼倉徳雄先生
九州大学工学研究院林博徳先生

この記事をシェアする

人と自然が調和して
生きられる未来を目指して

WWFは100カ国以上で活動している
環境保全団体です。

PAGE TOP