「気候変動への適応推進に向けた極端現象及び災害のリスク管理に関する特別報告書(SREX)」について


2012年3月28日、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)から、世界の異常気象についての特別報告書の全文が発表されました。異常気象による災害の現状と予測をまとめ、被害を軽減するための「適応」についてくわしく報告したものです。干ばつや洪水などそれぞれの異常気象の増加が、どの程度地球温暖化と関連しているかについても、今の時点でわかる範囲を、信頼度の評価をつけて示しています。

世界の気象・気候の「極端現象」

2012年3月28日、日本時間の午後9時、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)から、世界の気象・気候の「極端現象」についての特別報告書の全文が発表されました。この「極端現象」とは、簡単にいうと異常気象のことで、報告書の正式名は、「気候変動への適応推進に向けた極端現象及び災害のリスク管理に関する特別報告書(SREX)」となっています。

IPCCとは、世界気象機関と国連環境計画によって1988年に設立された国連の組織で、気候変動に関わる科学・技術的および社会・経済的知見をまとめて発表しています。

今回の報告書では、62カ国から220人の科学者や災害リスクマネジメントの専門家らが参加し、公表済みの何千件もの研究を精査し原案を作成しました。その上で、専門家や政府関係者による外部の審査に3回かけ、1万8,784件の論評を受けて発表したものです。

IPCCが第4次評価報告書を作成した際に、そのプロセスに対して問題が指摘されたことを受け、作業プロセスの透明性を、より高めようとしていることが伺えます。

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IPCC「極端現象」報告書の概要

「気候変動への適応推進に向けた極端現象及び災害のリスク管理に関する特別報告書(SREX)」の主な知見は以下の通りです。

【猛暑と熱波の増加】

1950年代以降のデータでは、世界の多くの地域で暑い日や熱波が増加していることが示されています。気候モデルは、世界の多くの陸域で、21世紀にも猛暑や熱波がより頻繁になり、強度を増し、長期化する可能性が非常に高い(90%~100%)と予測しています。排出量が高めのシナリオ (経済が地域的に発展し人口が増加する場合や、化石燃料と非化石燃料のエネルギー源双方がバランスをとって使われる場合など) では、北半球の高緯度地域を除く世界のほとんどの地域で、「20年に一度起こるような猛暑」が、21世紀末までには「2年に一度」の割合で起こる可能性が高い(66%~100%)と予測されています。日本付近も同じ予測となっています。

【豪雨の増加】

地域差はあるが、豪雨が増えているところが多くなっています。地域差は大きいが、21世紀末にはもっと頻繁に起きるようになる可能性が高い(66%~100%)と予測されています。熱帯低気圧(台風など)による豪雨は温暖化とともに増加するでしょう(66%~100%)。「20年に一度の年最大日降水量」が、地域によって、21世紀末には「5年に一度」から「15年に一度」になるでしょう(66%~100%)。排出量が高めのシナリオではもっと頻繁になると予測されています(66%~100%)。

【台風の強大化】

熱帯低気圧(台風など)の発生率は減少するか横ばいと予測されますが、最大風速は強度を増すと予測されています(66%~100%)。

【干ばつの長期化】

1950年以降のデータは、特に南ヨーロッパや西アフリカで干ばつが強まり長期化していることが示しています(中程度の確信度)。21世紀に世界のいくつかの地域では、雨が減少し、蒸発散量が増加することによって、干ばつの長期化と強化が予測されています(中程度の確信度)。南ヨーロッパ、地中海周辺、中央ヨーロッパ、北アメリカ中央部、中央アメリカとメキシコ、ブラジル北東部、アフリカ南部などが含まれます。

実際に起きた極端現象の事例から学べること

今回の報告書は9章に分かれています。
世界の異常気象などに関する、正確な、また長期間にわたるデータを収集することは、非常に困難な作業である上、そうしたデータに基づき、極端現象の評価や予測を行なうことも、また容易なことではありません。

そのため今回の報告書では、第9章において「実際に起きた異常気象のケース」を取り上げて評価し、そこから教訓を得ようとする試みを行なっています。

一つ一つの異常気象にどの程度地球温暖化が寄与しているかを科学的に証明するのは非常に困難である中、IPCCが提議したその内容は、今後増えてくることが予測される異常気象への対応を考える際の重要な事例として注目されます。

  • ※下記のタイトルは、WWFが暫定的に和訳したものです。省略した形となっていることをご留意ください。

第1章:気候変動による災害リスクやリスクに対する脆弱性と抵抗力の新たな範囲
第2章:脆弱性などリスクを決定付けるもの
第3章:自然環境へ及ぼす極端現象の変化と影響
第4章:人間社会へ及ぼす極端現象の変化
第5章:地域レベルでの極端現象リスクの管理
第6章:国レベルでの極端現象と災害リスクの管理
第7章:国際レベルのリスク管理
第8章:持続可能で抵抗力のある未来へ向かって
第9章:実際に起きた極端現象のケーススタディ

二つのケーススタディから学べること:適応の重要性と温暖化が突きつける難問

第9章に収められている14のケーススタディから、二つの例を抜き出してご紹介します。

【ヨーロッパの熱波から学べるのは、適応の準備をすることの大切さ】

ヨーロッパは、2003年に大規模な熱波に見舞われ、3万人から7万人が亡くなったとされています。特にフランスで被害が大きく、死者は1万5,000人にも上りました。

ところが、2006年の熱波のときには、気温レベルからいうと6,500人が亡くなる計算になるところ、実際の死者は2,000人あまりに留まったのです。

この背景には、2003年の熱波よりも2006年の熱波の方が強度が低かったということも要因ですが、2003年の被害の大きさを受け、フランスで急遽整えられた、国をあげての熱波予防対策によるところも多いと指摘されています。

このフランスの熱波予防対策は、監視システム、医療機関の熱中症治療ガイドライン作成、脆弱な人たちの特定と訪問プラン、インフラ整備などが含まれます。これらの国の対策と、人々の熱波に対する意識向上とがあいまって、2006年の熱波の際の被害者の激減に寄与したのではと指摘しています。

これはとりもなおさず、熱波などの極端現象に、きちんと準備しておくことの重要性を物語っていると、IPCCのパチャウリ議長は語っています。今後熱波は増加すると予測されています。他の極端現象の増加に備えて、社会インフラから教育や警戒システムなどの適応策が今後不可欠であることを示しています。

【温暖化によって居住困難になる大都市】

インドのムンバイなど、沿岸部にある巨大な都市は特に災害リスクが高いと指摘されています。
ムンバイでは海面が50センチ上昇し、嵐による高潮などの影響とあわせて、沿岸部と低地では、居住すら不可能になると考えられます。ムンバイの人口の約半分にあたる580万人が現在スラムに住んでいますが(2005年)、スラムはこれらの低地に集中しています。

ここはまた洪水対策の堤防などの恩恵を蒙ることが少ないところです。ちなみに2020年には世界のスラム人口は13億から14億人に達すると予測されています(UN-HABITAT,2006)。2070年には、ムンバイ以外に、カルカッタ、ダッカ、広州、ホーチミン、上海、バンコック、ラングーン、マイアミ、ハイフォンなどの多くの人口が、沿岸部の洪水にさらされると指摘されています。マイアミ以外の都市はアジアの大都市となっています。

IPCCのパチャウリ議長は、移住を考えなければならなくなるときは、非常に困難な判断を迫られるだろうと話しています。

増大するリスクと、求められる対策

このように、先進国か発展途上国かにかかわらず、極端現象による災害リスクの増加は、どの国においてもあります。

しかし本報告書では、来るべき災害に備えて、適応の準備をしておくことで、被害を軽減することができることを示しています。その適応の手段をくわしく挙げているのが本報告書の大きな特徴です。

特に「後悔しない政策」と呼ばれる、あまり費用もかからず、効果が高い手段について、これらの手段を入れるだけでも、災害が軽減されることを訴えています。これらの手段には、異常気象を予測し、これを市民に早期に警告して知らせる、警戒システムの敷設などが含まれます。

IPCCのパチャウリ議長は、「温暖化の影響によるものかどうかについて懐疑的であったり、増加することが予測される災害への意識が十分でなかったりしたとしても、これらの「後悔しない政策」を十分に取っておくことが重要である」と訴えています。異常気象への対策は、その原因が温暖化であるかどうかという議論を待たずに、すでに必要とされる時代になっている、ということです。

地球温暖化は、残念ながらすでに防ぐことは出来ません。残された道は、温暖化の進行を、極力低いレベルで抑えられるように努力することです。

世界の首脳たちは、この地球温暖化による脅威を共通の認識として持ち、それを防ぐために、気温上昇を産業革命前に比べて2度未満に抑えることを合意し、これを目指しています。

しかし実際には、2011年末に南アフリカで開かれた国連の気候変動会議(COP17)の結果を受けて、2020年まで世界各国が国際的に約束している削減目標を達成したとしても、3度から4度の上昇が見込まれているのです。

増え続けることが予想される災害に対する準備は、すぐにも始めていかなければなりません。
そして同時に、気温上昇をもっと低いレベルで抑えるために、世界各国の削減目標をより積極的な、高いものにしていかなければなりません。日本も2020年までに二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの排出を25%削減することを国際的に公表しています。

これからの未来を考え、この目標の維持と、実現のための政策の着実な実施が求められます。

 

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