新たな水田政策に関する意見書


(公財)世界自然保護基金ジャパン(WWFジャパン)
事務局長 東梅 貞義

令和9年度以降の新たな水田政策では、水田活用の直接支払交付金を、水田・畑の別を問わず土地生産性の向上を支援する仕組みへ移行し、新たな環境直接支払交付金については、環境負荷低減の取組による付加価値の向上を支援する方向性が示されている。食料安全保障の強化に向けた公的支援は根幹的に重要であり、水田政策の見直しにあたっては社会的公正の視点が欠かせない。それと同時に重要なのが、農業における環境面の持続可能性の視点である。
農業は自然への依存と影響が極めて大きい分野であり1 、日本においても、農地生態系で過去50年間にわたり劣化が続いている2。一方で、水田は、洪水防止、水源涵養、生物多様性保全、景観や文化の継承などの多面的な機能を有しており、農家や地域コミュニティによる持続可能な営農活動がそれらを支えている。食料・農業・農村基本法は、多面的機能が、国民生活および国民経済の安定に果たす公益的役割を踏まえ、環境負荷の低減を図りつつ、その発揮を将来にわたり確保することを求めている3 。したがって水田政策の見直しにおいては、多面的機能の維持と食糧安全保障を統合させる視点が求められる。
さらに、国連環境計画によれば、世界で約2.4米兆ドルの公的資金が、自然を破壊・劣化させる経済活動に投入され4 、生態系の劣化によるGDP損失は2030年までに2.7兆米ドルに上ると試算される5 。このため、SDGsが掲げる環境・社会・経済目標の達成に向けて、公的資金のあり方の見直しが国際的な課題となっている。日本も加盟する生物多様性条約の昆明・モントリオール生物多様性枠組においても、公的資金が環境に与える正負の影響を踏まえた見直しに、各国が着手しつつある6
以上の視点を踏まえ、令和9年度の新たな水田政策に向けた予算の具体化および関連制度の設計にあたっては、下記事項について十分な検討をいただきたい。

  • 農業支援の見直しと環境直接支払交付金の予算拡充
  • 新たな環境直接支払交付金における生物多様性保全の位置づけ
  • 水田活用の直接支払交付金等の施策における環境配慮

1. 農業支援の見直しと環境直接支払交付金の予算拡充

環境に正の効果をもたらす農法や活動を支援する環境直接支払交付金の規模は、令和8年度予算で28億円にとどまり、水田活用直接支払交付金(約2,752億円)のわずか100分の1に過ぎないことから、大幅な拡充が必要である。国際比較においても、日本の農業支援に占める環境直接支払の割合は極めて低く7 、OECDによれば、日本の農業支援の大部分は、関税を通じた価格支持や生産量に基づく支援によって構成されている。これらの支援は、市場をゆがめる可能性に加え、環境に負の影響を及ぼすただきたい。


リスクが潜在的に高いことが知られており、農業の持続可能性の観点から丁寧な見直しが求められる分野である8 。特に、多面的機能の棄損などの負の外部性(社会負担や機会損失)を生じさせるリスクの高い支援や支援要件を見直し、環境直接支払が本来対象とする、市場では十分に反映されない価値や取り組みへの支援の拡充に振り向けることが重要である。

2. 新たな環境直接支払交付金における生物多様性保全の位置づけ

新たな環境直接支払制度は、みどりの食料システム法の認定農業者による、有機農業への転換、環境価値の創出、土づくりの面的拡大などの活動を支援対象としているが、生物多様性保全に直接資する活動(ビオトープ、魚道、江の設置・管理などを含む)も支援対象となるように明確に位置付けるべきである。また、基本方針において、支援期間については、生産性の向上と採算性の確保を前提に、同一圃場・同一取組支援が5年までに限定されることが示されている。この制度のもとでは、生物多様性保全の活動を含む市場で付加価値に転嫁することが困難な取り組みの支援が難しいという課題が生じる。こうした活動への支援が取りこぼされることの無いよう、また、公益的価値・取組に対する環境直接支払の趣旨を踏まえ、継続支援のオプションを含むより精緻な制度設計を求める。
さらに、温室効果ガス削減等の取組においては、生物多様性保全との相乗効果(Nature-based Solution)が注目される一方で、両者の間のトレードオフも認識されている9 。脱炭素やネイチャーポジティブに向かう民間投資を農業分野にも呼び込む観点からも、生物多様性保全に寄与する活動への支援を明確に位置付けるとともに、温室効果ガス削減等の取組とのトレードオフに際しての影響の把握、回避・低減・代償措置の組込みに向けた具体的な検討を進めるべきである。

3. 水田活用の直接支払交付金等の施策における環境配慮

生産量に応じた支援制度は、十分な環境要件が伴わない場合に、化学肥料や農薬の使用拡大、水資源利用の増大、土壌・流域生態系の劣化、生物多様性の損失などを誘発し、結果として、地域の生態系を含む生産基盤の持続可能性を長期的に損なうリスクが高いことが、国際機関において指摘されている10 。実際、日本の農地生態系においても、過去50年間にわたり劣化が続いている11
令和9年度に本格運用が始まるクロスコンプライアンスは、農林水産分野の補助金全般に係る環境影響配慮の仕組みとして重要なものであるが、その要件は、自己点検や記録・保管等の最低限の内容にとどまっており、負の影響の回避・低減の実効性には限界があるとの指摘がある。このため、生産の増加にインセンティブが働く新たな水田活用直接交付金等の関連施策においては、作物や地域環境・生態系の特性を考慮した環境リスクの把握・評価を進めるべきである。そして、特にリスクの高い場所(生物多様性上重要な湿地周辺、里地里山、希少種の生息地等)においては、事業者の負担を考慮しつつ、適切な環境要件を検討するとともに、他制度との連携可能性も踏まえた追加支援・インセンティブのあり方に関について、検討を早期に開始すべきである。

以上

1 World Economic Forum (2020). Nature Risk Rising: Why the Crisis Engulfing Nature Matters for Business and the Economy
2 環境省 (2021). 生物多様性及び生態系サービスの総合評価 2021 (JBO 3: Japan Biodiversity Outlook 3) 政策決定者向け要約報告書, 環境省 (2025) . 生物多様性及び生態系サービスに関する総合評価2028(JBO4:Japan Biodiversity Outlook 4)に向けた中間提言.
3 食料・農業・農村基本法第4条
4 UNEP (2026). State of Finance for Nature 2026: Nature in the Red - Powering the Trillion Dollar Nature Transition Economy.
5 World Bank (2021). The Economic Case for Nature: A Global Earth-Economy Model to Assess Development Policy Pathways.
6 CBD (2026). Global review of collective progress in the implementation of the Kunming-Montreal Global Biodiversity Framework
7 荘林 (2023). 農地利用政策と地球環境問題:今日的な政策革新の必要性. 農業農村工学会誌 91, 653-658.
8 OECD (2025). Environmental Performance Reviews: Japan 2025.
9 IPBES (2024). IPBES Nexus Assessment.
10 OECD (2022). Identifying and Assessing Subsidies and Other Incentives Harmful to Biodiversity, UNDP (2024). The Nature of Subsidies: A step-by-step guide to repurpose subsidies harmful to biodiversity and improve their impacts on people and nature.
11 環境省 (2021). 生物多様性及び生態系サービスの総合評価 2021 (JBO 3: Japan Biodiversity Outlook 3) 政策決定者向け要約報告書, 環境省 (2025) . 生物多様性及び生態系サービスに関する総合評価2028(JBO4:Japan Biodiversity Outlook 4)に向けた中間提言.
 

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