【声明】人とクマの棲み分けのために-「クマ被害対策ロードマップ」に求められる順応的管理と科学的根拠-
2026/04/09
2025年度はクマ類(以下、クマ)の出没が相次ぎ、人身被害が過去最多となりました。この状況を受けて、日本政府は2025年11月に「クマ被害対策パッケージ」を策定し、翌年3月にはその実行のための「クマ被害対策ロードマップ(以下、ロードマップ)」を発表しました。ロードマップでは、「人とクマのすみ分けを実現し、国民の命と暮らしを守る社会」を目標に掲げ、クマの推定個体数調査や捕獲実施、施策の進捗確認、地方自治体への財政的支援など、クマの保護管理政策に国が一定の責任を持ち、実施する姿勢が示されています。
人身被害が深刻化する中で、人の安全確保を強化しようとする点は重要な意義を持つといえます。一方で、クマは日本の森林生態系を構成する野生動物であり、その保護管理にあたっては、被害軽減だけでなく、個体群の維持や生態系全体への影響を踏まえた科学的かつ慎重な判断が欠かせません。十分な科学的根拠や体制が整わないまま施策が実施された場合、クマの過剰捕獲や、施策の実施主体である地方自治体の混乱を招くおそれがあります。
WWFジャパンは、人の安全を守ることの重要性を認識すると同時に、ロードマップの遂行にあたっては、各個体群のクマを絶滅の危機にさらすことなく、生物多様性の保全にも配慮しながら進められるべきと考えます。そのためには、関係省庁や地方自治体が各々の責任と役割を明確化し、強固な連携のもと、科学的知見を踏まえた対策を講じることが重要です。
国および地方自治体は以下の点に留意し、ロードマップを遂行すべきです。
1. ロードマップ全体における順応的管理の明確な位置づけ
ロードマップでは、2030年度までの年度ごとの具体的な施策や数値目標が示されました。一方で、一部地域ではクマの個体数が明らかになっていないことに加え、クマの行動や出没は、堅果類(どんぐり)の豊凶や気象条件、里山や農地の管理状況などによって左右され、一定ではありません。こうした不確実性が高い状況に対応するためには、ロードマップを固定的な計画として運用するのではなく、実施した施策の効果を確認しながら、必要に応じて見直す「順応的管理」を原則とすべきです。この順応的管理の考え方は、捕獲対策だけでなく、ゾーニング管理や誘因物の除去、生息環境管理、体制整備といったロードマップに含まれるすべての施策に共通するものです。各施策について、実施状況や効果を定期的に評価し、想定した成果が得られていない場合には、手法や優先順位などの見直しを行う対応が求められます。
2. 捕獲目標設定における科学的根拠の確立
ロードマップでは、初年度からクマの捕獲が予定され、具体的な捕獲目標数が設定されています。クマの捕獲は個体群に直接的な影響を及ぼす施策であり、その実施にあたっては、科学的根拠に基づく慎重な判断が不可欠です。適切な個体数管理を行うためには、行政区分ではなく生態学的なまとまりである「個体群ユニット」を基本単位として、個体数規模や動態を把握することが必須となります。ロードマップでは、東北地方を皮切りに生息状況や個体数推定を進める方針が示されていますが、科学的根拠に基づく管理を徹底するためには、東北地方に限らず、全国の個体群ユニットを対象とした統一的な手法による個体数調査を早急に実施すべきです。
また、ロードマップでは、一定の自然増加率を前提に、推定個体数の20%を捕獲目標数として設定しています。しかし、自然増加率は、堅果類の豊凶、個体群の規模や年齢、性比構造などによって左右され、個体群ユニットごとに異なる可能性があります。一律の増加率を前提とした捕獲計画は、過剰捕獲につながるおそれがあることから個体群ごとに自然増加率を算出し、それに基づいた捕獲数を設定すべきと考えます。
3. 国による支援と関係者連携の強化
順応的管理と科学的判断を現場で実現するためには、実務を担う都道府県や関係機関を支える体制整備が前提となります。ロードマップは緊急的な対応として策定されたものであるからこそ、その実施にあたっては、国が主体的に関与し、継続的かつ具体的な支援を行うべきです。例えば、捕獲目標が地域ブロック単位で設定されている中では、ブロック内の各個体群ユニットに捕獲数をどのように割り当てるのか、その方針を定めておく必要があります。都道府県が適切な判断が行えるよう、国は想定される課題や対応方針をあらかじめ整理し、十分な支援を行う体制を整えるべきです。
また、個体群ユニット単位での管理を着実に進めるためには、関係都道府県が参画する広域協議会が重要な役割を担います。国は、専門家による助言や関係者間の調整が円滑に行われるよう、必要な支援を講じるべきです。さらに、施策の実施が生態系保全の支障とならないよう、関係部署が主体的に情報共有および意見交換を行い、分野横断的な連携体制を構築していくことが求められます。
4. 捕獲に偏らない財政的基盤の確保
クマは鳥獣保護管理法において指定管理鳥獣として位置づけられ、ロードマップの実施にあたっては国による財政支援が講じられることとなっています。人とクマの棲み分けを長期的に実現するためには、財政的支援が捕獲に偏ることなく、被害の発生そのものを抑制するための基盤的、予防的施策、具体的には、クマの生息環境の保全・整備、生息状況や個体数動態を把握するための継続的なモニタリング、放任果樹や生ごみなどの誘因物の除去、順応的管理を担う専門職員の育成などにも十分に割かれるべきです。
クマによる人身被害が続く中、捕獲を中心とした対応は緊急的な措置にとどまり、それのみでは人とクマの間に生じる軋轢を根本的に解決することにはなりません。重要なのは、これらの取り組みを通じて、クマの行動特性や生息状況、人との接点を減らすための有効な取り組みなどを把握し、その知見を今後のクマとの棲み分けに向けた施策へと確実につなげていくことです。捕獲を前提とした対処に依存し続けるのではなく、生息環境管理や土地利用のあり方を含めた総合的な視点から、人とクマが長期的に棲み分けられる社会の実現を目指す必要があります。
<参考文献>
・Kahoko Tochigi, Sam M. J. G. Steyaert, Keita Fukasawa, Misako Kuroe, Tomoko Anezaki, Tomoko Naganuma, Chinatsu Kozakai, Akino Inagaki, Koji Yamazaki, Shinsuke Koike. (2023). Demographic Parameters of Asian Black Bears in Central Japan, Mammal Study, 48(4), 231-244.
・環境省. (2024). クマ類による被害防止に向けた対策方針(概要)(案).
・環境省. (2026). 特定鳥獣保護・管理計画作成のためのガイドライン(クマ編)令和8年度版.
・クマ被害対策等に関する関係閣僚会議. (2026). クマ被害対策ロードマップ.



