シリーズ:クマの保護管理を考える(5)残りわずか十数頭?四国のツキノワグマを追って


多くても数十頭と推定される、四国のツキノワグマ。国内でもっとも絶滅が心配されているツキノワグマの個体群です。NPO法人四国自然史科学研究センターでは、2002年から四国のツキノワグマの生態調査を実施。WWFジャパンもその活動をサポートしてきました。長年謎に包まれていた四国のクマ。今回は、その保護調査の最前線で活動する同センターの研究員、山田孝樹さんにお話をうかがいました。

クマの調査地

四国のツキノワグマ地域個体群は、少なくて十数頭、多くても数十頭と推定され、絶滅が心配されています。地域個体群とは、「ある一定範囲に生育・生息する生物一種の個体のまとまり」のこと。
種としての「ツキノワグマ」は、環境省のレッドリストに指定されていませんが、6つの地域個体群が「絶滅のおそれがある地域個体群」として指定されています。
つまりツキノワグマは、全国レベルでは絶滅のおそれはないが、地域レベルでは絶滅のおそれがあるということになります。九州の個体群はすでに絶滅した可能性が高いと考えられている中、日本でもっとも危機的状況にあるのが四国の個体群です。

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山田孝樹さん

クマの調査地

「あの辺りが、これから行く調査地ですよ」
四輪駆動の車を停めた山田さんは、山の中腹を指差し、爽やかな笑顔でそう説明してくれました。ここは四国の東部に広がる剣山(つるぎさん)山系の一つ、徳島県の高ノ瀬山中腹、標高1,000メートルの辺りです。

四国の山々は傾斜が急で、まるで切り立った崖のようです。その四国山中の最高峰が剣山、標高1,955メートルです。かつてツキノワグマは四国の広い地域に生息していましたが、現在はここ剣山山系だけが、唯一の生息地になっています。

かつて四国では、自然の森を切り開いてスギやヒノキの人工林にする拡大造林が盛んに進められました。その結果、山頂付近の1,500メートルまで人工林が広がっています。ここまで山田さんが運転する車で林道を上がってきましたが、人工林が続く山道をひたすら走り、標高1000メートル辺りからようやく落葉広葉樹林が多くなってきました。

「昔の人はよくこんな山奥にまで植林をしたものですね。今となっては、木を切り出す費用が木材の値段より高くなってしまいます。山奥では木材の運搬は大きな問題です。昔の人がせっかく苦労して植えた木ですが、なかなか使い道がないようです。」

四国自然史科学研究センターで、担当者としてクマの生態調査を行なっている山田さんは、道中そんな話を聞かせてくれました。

山林の変遷にともない、四国のクマは標高が高い場所にわずかに残る広葉樹の森林へと追い込まれ、今はそこでひっそりと暮らしています。そのクマの調査をしようとすれば、当然山奥までわけ入っていかなければなりません。

調査地までの山道

剣山山系の位置

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調査地はこの山の中にある

車を置いて、さてこれから徒歩で出発というとき、山田さんはまたもや爽やかな笑顔で言いました。

「これから歩く山道ですが、途中まで土砂崩れで埋まってしまって... 大きな岩があるんで多少歩きづらいですが、これ以上崩れないから大丈夫ですよ。安心してついてきてください。」

と巨大な岩がゴロゴロと転がっている斜面を軽快な足取りで進んでいきます。斜面を越え、渓流の岩々を山伏のように飛び渡り、対岸の広葉樹の森林の中に消えていきました。後ろからついて行く人間は必死です。山田さんを見失わないようにするのが精一杯。

「この急斜面をもう少し登ると、山の稜線(りょうせん)にたどり着きます。そこで休憩しましょうか。その先はなだらかな山道になってますよ。クマのヘアトラップと無人カメラは、その稜線に沿って仕掛けてあります。」

山田さんはいつでも爽やかな笑顔を絶やしません。そして、軽快な足取りも衰えることがありません。細身の体のどこにそれだけの体力があるのでしょう?

「ときどき、学生さんなんかを調査のアルバイトで雇うんですけどね。みなさん、この山道に根をあげて長続きしないですね。」

「僕も調査シーズンの始まりで、体が慣れてないうちは結構キツイですよ。でも、そんな時期に限って、調査用の機材を担ぎ上げなければならなくって。今年(2011年)の春、クマ捕獲用の檻、50キロぐらいあるのかなぁ、それを二人で担ぎ上げたときはしんどかったです。ホント、足元が滑って何回転びそうになったことか...」

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土砂崩れで埋まってしまった山道 ここが調査地への入り口

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川原に麓(ふもと)の村人が設置したミツバチ用の巣箱。ごくまれにクマの被害にあう。

ヘアトラップと無人カメラでクマを調べる

「あ~ぁ、またカメラが倒されてる。」
ヘアトラップと無人カメラの設置地点にたどり着いたとき、山田さんが最初に発した一言です。

ヘアトラップとは、クマの体毛を取るための仕掛け。周囲の樹木を利用して、有刺鉄線(バラ線)を張ります。大きさは一辺が3メートル程度の三角形、有刺鉄線を張る高さは50センチ程度です。そして、その有刺鉄線で囲まれた三角形の中心に、クマをおびき寄せるためのエサ(この場合はハチミツ+赤ワインを入れたペットボトル)を吊るします。

おとりのエサを食べようとしたクマが、有刺鉄線をくぐる、あるいは乗り越えるときに、有刺鉄線に体毛が引っかかります。その体毛を採取・分析すると、毛根に含まれるDNAからさまざまな情報を得ることができるのです。

山田さんは、ヘアトラップと同時に赤外線センサーのついた無人カメラを設置しています。ヘアトラップにくる動物やその前を通る動物の写真を写すことで、より多くの情報を得るためです。

無人カメラはヘアトラップのすぐ側、2~3メートルの場所に設置してあります。クマはこのカメラにちょっかいを出して、三脚をしょっちゅう倒していくそうです。なぜ、クマがカメラを倒すのか山田さんに尋ねたところ、

「興味があるんじゃあないですかね? クマはけっこう珍しいものに反応して、ちょっかいを出すんですよ。」

とのことでした。なかなかお茶目な一面があるクマですが、面白がってばかりはいられません。クマに倒されたカメラは、それ以降、自動写真撮影ができなくなってしまいます。調査をする山田さんとして、クマが遊び半分?に倒してしまうのは「はた迷惑」なのです。

捉えられていたクマの姿

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ヘアトラップの様子

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三脚から無人カメラを取り外す

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無人カメラに写っていたツキノワグマ
まさに今、有刺鉄線の下をくぐっている

「よかった、写ってましたよ。」
無人カメラをチェックしていた山田さんが言いました。デジタルカメラのモニターには、ヘアトラップの有刺鉄線の下をくぐりぬけようとしたクマの姿がハッキリと写っていました。

ということは、トラップに仕掛けてあったワイン入りのハチミツを食べて、すっかり満足したクマが、帰りがけに上機嫌でいたずらをしていったのでしょうか?

カメラのチェックが終わった後は、有刺鉄線にクマの体毛が引っかかっていないかチェックします。体毛をより見つけやすいように、白い下敷きのようなプラスティックの板を有刺鉄線の後ろにかざして、張り巡らせた有刺鉄線全体をくまなく確認します。山田さんの声がしました。

「ありました。ありました。ちゃんと体毛が引っかかってますよ。」

クマの体毛が確認できたら、ピンセットで丁寧に毛を有刺鉄線から引き抜きます。ピンセットはあらかじめライターで熱し、消毒作業をしておかないといけません。体毛はDNA鑑定にかけるので、余計な物質が混ざってしまっては正しい結果がでません。

抜き取った毛は、専用の紙袋に入れて保管します。長い時間放置しておくと、鑑定の結果に影響があるので、2週間ごとにトラップを見回り、回収した体毛は丁寧に保管して、すぐに鑑定に回します。

最後に、トラップの記録をとります。いつ、どのあたりに、どんな体毛が引っかかっていたのかを書き留めるのです。そして、トラップのエサを取り替えて、無人カメラのバッテリーを交換して、トラップ1ヶ所の調査が終了です。

四国での調査の苦労

今回の調査地、徳島県の高ノ瀬だけでもヘアトラップと無人カメラのセットが3カ所、無人カメラのみの設置が2カ所あります。これらを2週間ごとに確認し体毛を回収、そしてトラップとカメラの補修をします。

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有刺鉄線に引っかかったクマの体毛

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体毛を専用の紙袋に入れる山田さん

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野帳にトラップの記録をつける

高ノ瀬の調査地までは、車で山道を標高1,000メートルまで上がり、林道の脇に車を置いて、道なき道を歩いて約1時間。調査地に到着後、5ヶ所の調査の開始です。高ノ瀬の調査だけでも、1日作業になってしまいます。

そして、調査地はこの高ノ瀬だけではありません。剣山山系に計13カ所あるのです。これらの調査地もすべて、2週間ごとに回収・補修作業を行なわなければなりません。

さらに、四国のクマの恒常的生息地域(年間を通してクマが生息する場所)は、どこも標高1,000メートル以上の山奥。調査地から調査地へと移動するのも大変です。

道路は山の尾根を横断するようには通っていません。すぐ向こうに見える尾根でも、一度標高の低い沢筋まで降りて、再びその尾根に向かう別の道を上がっていかなければなりません。つまり、直線距離にすれば目と鼻の先でも、ぐるっと回り道をしなければならないのです。

四国でのクマの調査は、生息数が少なく、恒常的生息地が山奥にあるので、とても時間と労力がかかります。

山田さんが「苦労して運びあげた」というクマ捕獲用の檻(おり)が高ノ瀬の調査地にありました。現在、高ノ瀬ではクマの捕獲は行なっていないので、檻のふたは閉められていました。ドラム缶を利用して作られたクマ専用の捕獲檻です。

この檻を使ってクマを捕獲し、麻酔をかけた後、体重や体長などの個体情報の収集、体毛や血液の採取、そして耳標識と首輪型の電波発信機をつけます。耳標識はそのクマの個体識別をするため、そして電波発信機はクマを放した後、そのクマがどのような行動をするか追跡調査するための装置です。

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ドラム缶を使ったクマ捕獲檻
捕獲時期ではないので、入り口は閉めてある

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捕獲したクマに麻酔をかけ、発信機をつける

ラジオテレメトリー法による追跡調査

さらに、クマの行動を追跡する調査も行なっています。
クマの行動範囲と行動パターンを知ることは、クマの保護管理を行なう上でとても重要な基礎情報。電波発信機をつけたクマを追跡調査することで、その情報を蓄積していきます。

追跡調査は、それまでのクマの行動から「今はだいたいこの地域にクマがいるだろう」と当たりをつけ、その地域を取り巻くように車輌用受信機を積んだ車を走らせることから始まります。

クマに取り付けた発信機が出す電波と、同じ周波数に受信機を合わせておくと、電波を受信した時に電波音が強くなります。その音が強くなればなるほど、電波を確実に受信している(発信機をつけたクマが近くにいる)ということなのです。

しかしここでも、四国剣山山系の地形が立ちはだかります。
山々は急峻で、山奥に通じる道路は林道のみになります。林道はあくまでも簡易的な道路で、舗装などしていません。台風などで大雨が降れば、よく道路脇の斜面=法面(のりめん)が崩れたり路面が削れたりして、通行止めになってしまいます。ただでさえ少ない山奥への道が、より少なくなってしまうこともしばしばなのです。

限られた道路を車で走りながら、電波の受信音が強くなる地点をひたすら探します。強い電波をキャッチしたら、その地点で車を停めます。そして車に積んである携帯用の指向性アンテナを取り出し、手に持って四方向にかざします。
四方にアンテナをかざすと、電波が一番強く受信できる方角があります。その方角を地図上に落とすのです。

計測地点から、電波を受信した方角に向かって延長線(方向線)を引きます。この作業を、最低3カ所で繰り返すと、地図上に書き落とした方向線が一点で交わる地点が確定できます。そこが、発信機を付けたクマがいる場所なのです。このようにして電波発信機を付けた目標の位置を割り出していく方法を、ラジオテレメトリー法といいます。もともと軍事や宇宙開発の分野で発達した方法とのことです。

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調査用の発信機をつけたツキノワグマ

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携帯用の指向性アンテナで
電波の強い 方角を探す

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剣山山系の風景。急峻な地形のため、
調査には手間ひまがかかる。

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【ラジオテレメトリー調査の概念図】

このラジオテレメトリー法、世界中で野生動物の調査に多用されています。例えば、アフリカの草原などで使用する場合、電波をさえぎる障害物もありませんし、車が走れる場所も比較的限定されないので、とても使い勝手がいいそうです。

一方、剣山山系の標高1,000メートル以上の森林地帯に生息するツキノワグマを、この方法で追いかけるのは大変です。まず車が走れる場所が限定されています。そして山々が連なっているために電波の通りが悪く、すぐにさえぎられてしまう、あるいは周辺の山に電波が反響して正しい方向がわからなくなることが多いのです。

あまり時間をかけてしまうと、クマが移動してしまいます。もし、クマが電波の届かない地域に移動してしまったら、最初から調査のやり直しです。山田さんによると、なかなか正確なクマの位置が割り出せず、夜中になるまで電波を追いかけていることも、しばしばあるそうです。

調査で次第に明らかになってきたこと

山田さんはかつて、岩手、石川(白山山系)とクマの生息数の多い地域で、クマの生態調査を行なってきました。クマが多いこうした地域と、クマが少なく地域個体群の絶滅が心配されている四国では、ずいぶん調査の効率が違うそうです。山田さんは言います。

「同じ国内でも、こんなに状況が違うとは、四国に来るまで思ってもみませんでした。」

東北や北陸など、山田さんがかつて活動してきた地域では、もともとクマの生息域が広い上、その生息域が里山まで拡大しています。なので、わざわざ奥山までわけ入らなくても十分な調査が行なえるのです。車で少し林道を走り、林道近くの森林の中にトラップを設置すれば、たいてい場合クマの情報を得ることができたそうです。そのような場所でも、クマが活発に活動しているからです。

一方、ここ四国ではそう簡単にはいきません。現在、四国で唯一の生息地となっている剣山山系。数少ないクマが、標高1,000メートル以上に残された広葉樹の森林でひっそりと暮らしています。そのクマの情報を得るためには、大変な労力がかかります。

それだけに、今まで四国のツキノワグマクマについてわからなかったことが多々ありました。四国自然史科学研究センターでは、ツキノワグマの生態調査を2002年から調査を開始。2005年からはWWFジャパンの支援で調査の範囲を広げました。

それらの調査の結果、それまでほとんどわかっていなかった四国のクマの生態が次第に明になってきました。その様子は、次のレポートでご紹介します。

 

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