国際協力によりシラスウナギ漁業のステークホルダー参加型の資源評価が可能に 〜インドネシア、ジャワ島における調査研究〜


中央大学, ボゴール農科大学(IPB), WWFインドネシア, WWFジャパン


公益財団法人世界自然保護基金ジャパン(東京都港区、会長:末吉竹二郎、以下 WWF ジャパン)は、中央大学, インドネシアのボゴール農科大学(IPB), WWFインドネシアと共同で、以下のリリースを発表しました。

水産資源を適切に管理するためには、対象種の資源動態を理解することが不可欠です。しかし、日本や北アメリカ、ヨーロッパなど北半球の温帯域におけるシラスウナギ漁業では、IUU(違法・無報告・無規制)漁業と違法取引により、漁業データの収集は困難を極めています。このような状況の中、中央大学、ボゴール農科大学(IPB)、WWFインドネシア、WWFジャパンはインドネシアのジャワ島において、地域社会と協働した参加型資源評価を通じて、質・量ともに統計分析に十分耐え得るシラスウナギ漁業データを収集することに成功しました。この調査研究は、シラスウナギを漁獲し養殖するインドネシアと、そのウナギを消費する東アジアの両方のNGOと専門家、および幅広いステークホルダーによって実施されました。本研究で開発された参加型資源評価の仕組みは、インドネシアにおけるウナギ管理政策の策定に貢献し、持続可能なシラスウナギ漁業とウナギ養殖を確立する可能性を開きました。今後、日本を含む世界のシラスウナギ漁業のデータ収集の改善に貢献することが期待されます。

本研究のポイント


  •  漁業者、中間流通業者、ウナギ養殖場(IROHA)、小売業者(イオン株式会社)、そして地方・中央政府機関との協力のもと、インドネシアと東アジアのNGO・専門家によって、シラスウナギ漁業に関する地域社会と協働した参加型資源評価を実施した。

  •  2019年の1年間で、インドネシアのジャワ島において、約400人の漁業者から3,000回以上の漁業データを収集した。 

  • 収集した漁業データに基づき、当該年のシラスウナギの来遊量(10,262,840個体)、自然死亡率、および全体的な漁獲率(25%)を推定した。 

  • 本研究で開発された漁業データ収集の仕組みは、地方・中央政府機関によりインドネシア各地に普及された。 

  • 日本、北中米、ヨーロッパの国々ではIUU漁業と不法取引が発生しており、ウナギの資源管理を困難にしている。本研究で用いられた参加型アプローチは、世界中のシラスウナギ漁業のデータ収集の改善に貢献することが期待される。


1. ウナギ属魚類

ウナギ属魚類は19の種・亜種により構成されます。これらすべての種は海洋の沖合で産卵し、河川や沿岸域で成長する降河回遊魚です。経済的に非常に重要な魚種の一つであり、世界各地でシラスウナギ(稚魚)が養殖のために漁獲されています。東アジアを養殖および消費の中心として、世界的に取引されていますが、近年、ニホンウナギAnguilla japonicaのシラスウナギ漁獲量の減少とワシントン条約によるヨーロッパウナギA. anguillaの取引制限を受けて、東南アジアやアメリカ大陸がシラスウナギの供給源となっています。

2. インドネシア・ジャワ島 ウナギ保全プロジェクト

ビカーラ種などと呼ばれるインドネシアのウナギA. bicolor bicolorはインドネシアで養殖・加工され、その一部は日本へ輸出されています。熱帯ウナギへの需要の高まりを受け、2018年には日本の大手小売業者であるイオン株式会社は、PT. Iroha Sidat Indonesia(IROHA)、WWFインドネシア、WWFジャパンとともに「インドネシア・ジャワ島 ウナギ保全プロジェクト」開始しました。このプロジェクトでは、持続可能な漁業と責任ある養殖業に関する認証制度であるMSCASCの基準に基づき、ウナギ養殖の操業の改善を目指して、世界初のウナギを対象としたFIP(漁業改善プロジェクト)・AIP(養殖業改善プロジェクト)を開始しました。

シラスウナギ漁業のデータ収集は、FIPのアクション・プランを構成する重要な要素であり、ウナギ資源と漁労の状況を推定することを目的としています。プロジェクトチームは、統計分析に耐え得る高解像度の漁業データを収集するスキームの開発に取り組みました。

3. 研究の目的

水産資源を適切に管理するためには、対象種の資源動態の把握が不可欠です。漁業から独立した科学的なモニタリングからは質の高いデータを得ることができますが、財政的・技術的資源に制約のあるグローバル・サウスと呼ばれる地域では、資源評価はしばしば漁業データに依存しています。さらに、信頼性の高い漁業データの収集が困難な小規模漁業では、状況は一層厳しくなります。近年の研究では、財政的・技術的な資源が限られている状況や小規模漁業において、参加型の資源評価が有効性であることが示されています。

インドネシアにおけるシラスウナギ漁業は、多くの個人が独立して行なう小規模な経済活動であり、漁業データの収集は困難です。このため私たちのチームは、地域社会と協働して行う参加型資源評価がシラスウナギ漁業の管理に貢献できるのか、検証しました。

4. 研究内容

研究は、ジャワ島西部を流れるチマンディリ川の河口で行いました。IROHAが経営する養殖場は、養殖に用いるシラスウナギを主としてこの水域から調達していました。資源評価の仕組みを開発する第一歩として、シラスウナギ(種特有ではない)の漁業データを収集しました。

地域社会に根ざした参加型資源評価の仕組みを開発するため、関連するステークホルダー(漁業者、中間業者、地方・中央の政府機関、NGO、専門家)の間で議論が促進されました。2016年8月以降、公式・非公式含めて30回以上の会合を開催しています。

研究チームが中間流通業者13名、および約400人の漁業者に対して働きかけた結果、すべての人が漁業データ収集への参加に同意しました。すべての中間流通業者がデータ収集に同意したことで、対象地域のほぼ100%の漁業者が漁業データ収集に参加してくれたと想定されます。その結果、2019年1月1日から12月9日まで、チマンディリ川における3,351回の操業に関するデータを収集しました。

2019年に収集されたシラスウナギ漁業のデータは、「Generalised Depletion Model」を用いて解析しました。その結果、このシーズンのシラスウナギの来遊量は10,262,840個体と推定され、年間を通じた漁獲率は24.9%でした。自然死亡率は1日あたり0.011(30日間で約28%が自然死亡)と推測されました。

図1. 調査地域 左図の赤い四角の拡大図が右図

図1. 調査地域
左図の赤い四角の拡大図が右図

図2. 調査地域で漁獲されたシラスウナギ

図2. 調査地域で漁獲されたシラスウナギ

5. 研究の成果と今後の方向性

本研究によって開発されたシラスウナギ漁業データを収集する仕組みは、地方および中央の政府機関によってインドネシア国内に普及され、シラスウナギ漁業のデータ収集の促進に貢献しました。

ニホンウナギ、アメリカウナギ、ヨーロッパウナギなどの温帯種について、違法取引とIUU(違法・無報告・無規制)漁業が頻発しており、シラスウナギ漁業のデータ収集を非常に難しくしています。その一方でこの研究は、シラスウナギ漁業データを成功裏に収集し、そのデータに基づいて来遊量、自然死亡率、および漁獲率を推定することができました。このような、地域社会に根ざした参加型資源評価は、インドネシアにおけるウナギ資源管理に貢献しただけでなく、世界のシラスウナギ漁業のデータ収集の改善に貢献することが期待されます。

今回の研究は1年間のデータでしたが、今後モニタリングを継続することが必要とされます。また、チマンディリ川には少なくとも3種のウナギが生息していることから、種特異のデータ収集が求められます。種ごとのデータを得るためには、参加型のデータ収集とともに科学的研究を実施する必要があるでしょう。

さらに、インドネシアにおけるウナギの保全と持続可能な利用のためには、シラスウナギだけでなく、黄ウナギや銀ウナギなどの他の生活史段階の情報も収集する必要があります。さらに、データ収集だけでなく、意思決定においてもステークホルダーの参加を得ることで、漁業管理を改善することができると期待されます。

6. 謝辞

第一に、研究地域の中間流通業者と漁業者の協力に感謝します。彼らの自発的な貢献なしには、この研究は実施できませんでした。データ収集の仕組みを開発する際に得られた地方及び中央政府機関の支援に感謝します。本研究は、イオン株式会社とIROHAが持続可能なシラスウナギ供給を目指したことから始まりました(2024年3月現在、両者はインドネシアにおいてウナギ関連ビジネスを行っていません)。

本研究を遂行するための予算はインドネシアおよび日本の様々な組織から提供されました。具体的には国立高等教育運営予算(BOPTN)、インドネシア教育基金(LPDP)、科学研究費補助金(KAKENHI、助成番号19KK0292)、および中央大学の研究予算が使用されています。このほか、FAO、イオン株式会社、およびその関連会社であるイオントップバリュ株式会社は、ジャワのシラスウナギ漁業およびウナギ養殖を改善するため、WWFジャパンおよびWWFインドネシアが行う研究に対して資金を提供しています。

7. 論文情報

  • タイトル:「Participatory stock assessment in West Java contributes to the management of glass eel fisheries in Indonesia.」
  • 著者:Ronny Irawan Wahju (ボゴール農家大学, インドネシア), Faridz Rizal Fachri (WWFインドネシア), Mohammad Mukhlis Kamal (ボゴール農家大学, インドネシア), Yu-Jia Lin (国立中山大学, 台湾), Achmad Mustofa (WWFインドネシア), Teo Andri Saputra (WWFインドネシア), Endan Sutendi (WWFインドネシア), 吉田誠 (WWFジャパン), 植松周平 (WWFジャパン), 海部健三 (中央大学, 日本)
  • 掲載誌:Marine Policy(マリーン・ポリシー)
  • 掲載日: 2024年3月22日
  • リンク:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0308597X24001015?dgcid=coauthor

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