シリーズ:クマの保護管理を考える(2)大量出没にどう対応するか


近年度々話題になるツキノワグマの大量出没。駆除か、保護か、で議論が二分しがちなこの問題に、国内のクマの生息地域はどう取り組むべきなのか。前回に続き、島根県中山間地域研究センター農林技術部の鳥獣対策グループ主任研究員・澤田誠吾さんに、クマ保護管理の最前線における取り組みをうかがいます。

島根県におけるクマの大量出没

例年、クマは生息地である奥山に食物が少なくなる夏になると、山を下りて人里などに出没します。
出没は通常、奥山に色々な果実が実りだす秋になると収まります。

一方、秋になっても出没が収まらず、平常の数倍ものクマが出没することがあります。これがクマの大量出没です。

大量出没はヒグマにおいても見られますが、特にツキノワグマで顕著に見られます。

島根県では2000年代になってから、2004年、2006年、2008年、2010年と隔年でツキノワグマの大量出没がおこりました。大量出没の中でも、2010年は2004年に次ぐ多さのクマの目撃数と捕獲数を記録しています。

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2010年、クマの恒常的な生息地である奥山では、主食となるブナとミズナラがほとんど実をつけませんでした。さらには、奥山の麓にある里山のコナラ、クリも凶作。奥山そして里山でもほとんど食物を得ることができなかったクマが、食物を探して人里を含む広い範囲を動き回ったのが、大量出没の引き金になったと考えられています。

目視による年別の堅果類の豊凶 豊作◎、並作○、やや並作△、凶作×、凶作年:背景グレー
 2003200420052006200720082009*2010*
ブナ × × × × × ×
ミズナラ × ×
コナラ × × ×
シバグリ

*2010年は花芽と結実調査による。
出典:島根県中山間地域研究センター(2011)

島根県による年度別の捕獲数と目撃件数 出典:島根県中山間地域研究センター(2011)

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クマ大量出没の試練

ツキノワグマの行動範囲は、オスで平均40平方キロ、メスで平均20平方キロだといわれています(環境省資料より)。

一方、秋田県からは、平年は20~40平方キロであったメスグマの行動範囲が、ブナやナラが凶作の秋には100平方キロを超えた事例も報告されています。

島根県でも、大量出没年には平常年より多くのメスグマが人里に出没し、捕獲されています。メスグマは子グマを連れている場合も多く、大量出没年に0歳の子グマの捕獲数/割合が跳ね上がっているのはそのような理由からです。

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捕殺されたメスグマの胃の内容物。
わずかな竹の皮しかなかったという。

さて、2011年4月新芽が芽吹く頃、澤田さんは人里でうずくまっているクマがいると県地域事務所の担当者から連絡を受け、現場に向かいました。そこには痩せこけたクマがうずくまっていたそうです。このまま人里に居座り続けると、安全上の問題から捕殺せざるを得ません。澤田さんは、このクマを何とか山に帰そうと色々な努力をしましたが、結局そのクマが動くことはなかったそうです。澤田さんは安楽死を判断。駆除班員によってクマは射殺されました。

痩せこけて民家の竹やぶ近くで動けなくなったこのクマは、高齢のメスグマでした。前年2010年の秋期に十分な餌が確保できないままに越冬して、このような状態になったのでしょう。その胃の中には、わずかな竹の皮しかありませんでした。澤田さんは「あのメスグマは、恐らくあの場所で行き倒れになり、数日間は周りの竹をかじって何とか生き延びたのでしょう」と辛そうに話してくれました。

大量出没vs平常年、捕獲されたクマの「性および年齢」構成

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ちょっとしたハプニング

また、2006年にはこんなこともありました。
秋も深まった寒い夕方、県地域事務所の担当者から澤田さんへ、道路脇の斜面を保護する金網にクマが絡まっているから、出動してほしいとの連絡がありました。澤田さんが現場に駆けつけてみると、すでにクマは絡まった金網から脱出していましたが、依然として道路を徘徊していました。母グマと子グマでした。

そこは民家のすぐ側。住民にその存在を知られてしまったら、「すぐに駆除してくれ。」という話になりかねません。人知れず森へ帰すのが最善の方法です。

車のクラクションと爆竹で、なんとか親子グマを山に誘導した澤田さん。ホッと一息ついた直後、澤田さんの脇を女子学生が自転車で通り抜けました。親子グマは山に誘導したばかり。万が一にでも両者が鉢合わせしたら大変です。

すっかり辺りは薄暗くなってきた時間。必死に走って女子学生に追いつき、その背中に声を掛けた澤田さんでしたが、女子学生から変質者と勘違いをされ大変な思いをしたとか。幸い、無事に親子グマを森に帰すことができたそうです。

奥山に不自然なクリの実が...

このように、大量出没時には担当者はその対応に追われます。できることなら、クマを捕殺することなく森に帰してやりたいと思う一方、住民の安全は最優先で確保しなければなりません。例えば、ニュースなどで報道される市街地に出没して騒ぎをおこすクマの中には、クマは人身事故を引き起こす可能性が高いものもいると考えられるため、住民の安全を確保するため、現実的には捕殺するしかないケースも多くあります。

また、クマの出没時には農林業へ被害、そして人身被害が増えるため、クマに対する住民感情は悪化します。最前線で活動する担当者にとって、大量出没は試練の時だといっても過言ではありません。努力が報われるときもあれば、報われないときもあります。そんな率直な担当者の話の中には、現場という最前線で活動する担当者の逞しさと苦悩があります。

一方、そんな担当者もビックリという事件が...

2010年の秋も深まる11月上旬、クマの生態調査のため、標高700メートルを越す奥山に分け入った、島根県の鳥獣専門指導員の金澤紀幸さんは、人気のない奥山の木の枝に、不自然な物体を発見しました。何かと思って近づいてみると、それは明らかに人間が持ち込んだクリの実でした。人気のない奥山に、真っ赤なナイロンネットに包まれたクリの実... 金澤さんは唖然としてしばらく言葉もでなかったそうです。そしてこのように話してくれました。

「食物がなくクマが可愛そうだという気持ちはよく解りますが、例えばこのように人が置いたクリをクマが食べると、人里(のクリの木など)にクマを引き寄せるきっかけになってしまいます。親切のつもりで行った行為が、実際には逆効果になってしまうのです」。

一筋縄ではいかない、人とクマの問題を象徴するようなエピソードでした。

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奥山に不自然におかれたクリの実。

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そのクリをクマが食べた様子が伺える。

ブナの大木とタタラの里

さて、島根県内でツキノワグマの生息地の一つになっているのは、県東部にある標高900メートルの山中、ブナの大木が残るブナとミズナラの深い森です。

その山麓一体は飯石郡旧赤来町,旧頓原町,旧吉田村にまたがっています。大正時代までタタラ製鉄、薪炭(しんたん:マキやスミのこと)の生産が行なわれ、多くの人が山林を利用していました。宮崎駿監督の映画「もののけ姫」に登場するタタラ場は、この地域がモデルになったとのことでした。

そのような時代でも、標高が高いブナの原生林には人の手が入らず、クマを養い続けてきました。一方、山麓では、やがてタタラ製鉄、薪炭生産が衰退、さらに過疎化・高齢化が進むと耕作放棄地が増え、里山に人の手が入らなくなりました。

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山麓の歴史を見続けてきたであろうブナの大木

皮肉なことに、かつてクマを山奥まで追いやった人間の活動が、時代の流れと共に衰退すると、今度はクマを人里まで容易に近づける状況を作りだしているのです。私たちは経済成長の結果、豊かな暮らしを享受しています。その生活は大量のエネルギーを消費し、大量の木材を輸入することで成り立っているのです。

100年以上は生きてきたと思われるブナの大木。この高い山の上から、山麓の歴史をずっと見続けてきたことでしょう。それは、人間が山麓の環境を大きく変えてきた歴史に他なりません。

クマはしたたかにその変化に適応してきました。
「日本のように、狭い国土にクマが人間と隣り合って生きているケースは、世界中でも珍しいそうです。クマと人間の共生のために、まずは人間がどうクマと向き合えばいいのか、話し合うことが必要なのかもしれませんね」ブナの大木を後にした時、澤田さんはそんな話をしてくれました。

現場を振り返って

現場の最前線で活動する県の担当者に、直にお話をうかがうと、報道などで知らされる表面的な情報や、一般的に言われていることと、現実との間に、確かな違いがあることを、強く認識させられます。

普通、クマに縁のない地域で暮らす多くの人は、「クマが出没したら、捕まえて森へ帰してあげればいいのに...」と思っていらっしゃるかもしれません。
しかし、クマが出没する現場には、複雑な状況があります。

クマが出没すると、住民から「今すぐにでも、クマを駆除してくれ!」という声が一斉に湧き上がる... その中で、澤田さんたち県の担当者は苦悩しながら、保護のための現状で最善の方法を模索し、直面する現実に日々立ち向かっているのです。

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島根県内の山中にて、越冬穴付近で早春の
若芽を無心に食べる母グマと2頭の子グマ

「クマの保護管理のためには、地域住民の理解が必要不可欠です。中山間地域が抱える問題はたくさんあり、クマ問題もそれらに根ざしています。しかし、クマは怖いから、あるいは問題の解決が難しいから、クマはすぐに駆除すべきだと決め付けるのは、少し拙速ではないでしょうか」こんな澤田さんの言葉が耳に残ります。

日本のクマの保護と問題の現状を追うこのシリーズ。次回の予定は、今も多くのクマが生息する東北地方です。今回の中国地方の事例と対比させながら、行政や地域住民が直面している問題をレポートいたします。

「クマと出会わないために」参考ウェブサイト

 

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