2011年6月にドイツで放映されたWWFを批判するドキュメンタリー、および関連する映像、書籍(『WWF黒書』を含む)について


概要

2011年6月22日に、ドイツの大手放送局ARDが、WWFへの不当な非難を含めた45分間のドキュメンタリー番組を放映しました。「The Pact with the Panda」と題したこのドキュメンタリーは、ドイツ人フリープロデューサー、ヴィルフリート・ヴァイスマン氏の制作によるものです。

このドキュメンタリーは、その後イギリスでも放映されたほか、同氏はその内容を書籍としても発表し、日本でもこれを基にした『WWF黒書』(2015年11月、緑風出版)というタイトルの著作の翻訳本が刊行され、北海道新聞でも紹介されました(2016年2月。追記参照)。

WWFはこの一連のドキュメンタリーが、偏見と限られた知識、および存在しなかった取材のもとで構成されていることを指摘。ドイツでは同番組を放送したARDを裁判所に提訴して勝訴いたしました。経緯とドキュメンタリーの内容に見られる問題についての詳細は、下記をご覧ください。


WWFとしての対応と経緯

WWFドイツではこの件についてARDを裁判所に訴え、ドキュメンタリーで語られている次の内容について今後、メディアとして報道しないという裁判所の判決を勝ち得ました。

  • 環境を破壊するような商品を扱っている企業からWWFが金銭を受け取り、グリーンウォッシュに協力している
  • WWFがアルゼンチンのサバンナ(チャコ)の環境破壊に手を貸している
  • WWFが産業界と結託している
  • 先住民の土地をゾーンマッピングし、プランテーション(農地)にする計画を立てている
  • パプア州の地方政府および世界銀行と共謀して900万ヘクタールの土地を産業目的に伐採し、分譲している
  • トラが生息するインドの森に、大量のエコツーリストを招致している
  • パプアの原住民の時代は終わった、と発言し、原住民の土地に100万ヘクタールのアブラヤシのプランテーションを造成しようとしている

さらに、判決の結果として、裁判費用は全てARDが負担したほか、裁判官からは、「パーム油生産企業のウィルマー社からWWFはお金を受け取っていない」、「ジャーナリストとしての注意がかけていた」といった指摘がなされました。

しかし、判決を受けたARDとは別に、ヴァイスマン氏はドイツ国外で上記の一部内容を変えずに英語版の書籍を独自に出版するなど、一連のドキュメンタリーを通じたWWFへの批判を続けています。

内容についての問題

このドキュメンタリーは、WWFがいくつかの企業と協業して展開している自然保護プログラムが、環境や地域社会に害をもたらしているほか、グリーンウォッシュ(企業が環境保全活動を隠れ蓑にして自社が及ぼしている環境への悪影響を隠すこと)に加担していると主張しています。

そのトーンは、-WWFは「緑の帝国」というレッテルを貼られている-という挑発的なもので、50年におよぶWWFの過去の活動の内容にも批判の眼を向けたものになっています。

しかし、ここに収録されている、WWFスタッフに対するものを含めたインタビューは、文脈を無視して言葉が解釈されており、さらに先住民やインドネシア語でのインタビューについては多くの誤訳と、言っていない事実の挿入などが認められました。

これは本ドキュメンタリーの映像および書籍が、WWF批判ありきの結論を印象付けるため、インタビューの一部や、全く関係のない事実を、都合良くつなぎ合わせてストーリーを作り、編集されていることを示すものです。

主張の要点に対する反論

「自然保護」に対する考え方について

本ドキュメンタリーでは、「自然保護に取り組むべきWWFが、自然破壊の張本人である企業と結託している」という点を、最大の批判としています。

そこには、企業を含めた多様な関係者が協力して、世界の企業活動や経済、消費活動を変革し、地球の自然や野生生物を守る、という理念を理解しようとする真摯な姿勢が全く見られません。

そして、こうした理念や行為を全て、企業とWWFによる「グリーンエコノミー」という短絡的な言葉に集約し、批判を繰り返しています。

これは、20世紀の終わりから国際社会が今まで目指してきた、「持続可能な社会」を実現する、という世界の環境保全の流れと、その必要性を理解しない、過剰に感情的で出口のない主張です。また、本ドキュメンタリーは一方的な誹謗と批判に徹するのみで、問題を真に解決してゆくための考え方や取り組みを、明確に示せていません。

企業との協力について

本ドキュメンタリーでも指摘されている通り、WWFは企業との協力を一方的に否定していません。

国際社会の在り方に大きな影響力を持つ企業との、対話と協力を通じた市場と消費の変革は、今後の地球環境を保全する上で欠かせない、重要な要素であると考えるためです。

実際、国境を越えた経済活動が大規模に行なわれ、生産国の自然を脅かしているさまざまな産品が、世界各地で消費されている現状の中で、環境への負荷を改善するには、自然に配慮した確かな生産や消費を実現していくことが欠かせません。

しかし、こうしたWWFの見解は、どのような企業、業種の企業とも見境なく協力する、ということを意味するものではありません。

それにもかかわらず、本ドキュメンタリーでは、このWWFの主張には全く注意が払われませんでした。また、後述する通り、支援関係の無い企業までもが一括りにされ、WWFと関係があると指摘されています。

これは明らかに検証と理解の不足によるものであり、注目を集めやすい、WWF=悪 という結論に執着した制作側の意図を反映したものです。

認証制度とラウンドテーブルについて

本ドキュメンタリーでは、WWFがいくつもの「エコラベル」を利用した環境認証制度とラウンドテーブルを作り、そのラベルを企業に提供することで、グリーンウォッシュの援助をしている、という批判を繰り返しています。

しかし、これらの認証制度やラウンドテーブルは、いずれも、WWFとは別個の、独立した国際的組織です。本ドキュメンタリーでは完全に誤認されていますが、認証ラベルを提供する主体は、あくまでそれぞれの認証を行なう第三者機関であり、WWFではありません。

WWFは他の自然保護団体や市民団体、企業と共に、各認証制度の設立に関わり、現在も一メンバーとして参加しています。これらの認証制度がより環境保全活動の成果につながるよう、環境団体としての立場から、基準をより厳しくするなどの提言を行なうことが、その目的であり、WWFのみが特別な権限を持っているわけではありません。

したがって、ヴァイスマン氏の批判にあるような、WWFがこうした認証制度やエコラベルを自由に使用し、特定の企業の利益に資する行動をとることは、実際問題として不可能です。

上記の理由により、WWFが企業のグリーンウォッシュに協力している、という主張は、明らかに不当なものです。

一部の企業からの資金提供とパートナーシップについて

本ドキュメンタリーでは、認証制度のラウンドテーブルに同じくメンバーとして参加している、というその理由だけで、WWFと特定の企業との間に癒着の関係がある、という指摘を行なっています。

これは、ラウンドテーブルという平等な立場での協議の場と権限を、不要かつ不正確に誇張した理解と主張によるものであり、事実に即していません。

ラウンドテーブルに同じくメンバーとして名を連ねている企業のモンサント社とWWFが、協力して遺伝子組み換え作物の推進を行なっている、という批判も、こうした誇張に基づいた根拠のない指摘です。事実、WWFとモンサント社との間に、協働パートナーシップは存在していません。

また、これらの参加企業からWWFがお金を受け取ることで、その企業に都合のよい決定を行なっている、と言う点も、明らかな誤りです。これらもまた、批判を正当化するために、本ドキュメンタリーが事実関係を歪曲した例です。

指摘されている事実の明らかな誤り

この他にも、明らかに捏造、またはWWFと関係のない事実を併記することで、ストーリーの組み立てを行なっていると思われる点を、一部下記に指摘いたします。

(指摘)WWFは、オランウータンの保護プロジェクトを行なっていない

(反論)WWFは1962年から64年にかけて行なったオランウータン研究グループの取り組みを皮切りに、長年にわたりインドネシアとマレーシアの両国で、オランウータンの保護に取り組んできました。現時点で、WWFジャパンの事務局がWWFインドネシアの事務局と直接連携して、行なっているプロジェクトも存在します。この誤った主張は、テレビ局のARDが問題のドキュメンタリー番組を宣伝するにあたっての目玉としていたものですが、同社は、番組放映前にWWFがその事実を提示した時点で、この主張を取り下げるべきでした。

(指摘)WWFのインドにおけるトラ保護活動は失敗だった

(反論)インド政府とWWFが協力して行なったトラの保護活動は、一定の成功を収めました。
本ドキュメンタリーでは、この活動の結果「トラは減り続け1400頭まで減少した」としていますが、1969年に2000頭だったトラは、取り組みの結果、1985年までに4000頭まで回復しました。保護プロジェクトが終了した後、1990年代に入ってから再びトラの減少が始まり、2008年に1411頭と推定されましたが、その後の活動により、2014年の調査では、インドのトラは2,226頭と推定されています。

また、このドキュメンタリーでは、インドでのトラの保護活動(エコツーリズムを含む)がうまく行っていない事例として、カーナ国立公園の例を紹介していますが、カーナではWWFはエコツーリズムを行なっていません。さらに、同じく事例として紹介されているナガールホール国立公園でも、WWFは活動を行なったことがなく、インド人研究者が死なせたトラに発信器を付けた話も、WWFとは全く関係が無い内容です。しかし、そうした事柄と、WWFが募っている寄付金の話が、故意に並べられて語られ、問題が欧米の寄付者に伝わっていないことが、あたかもWWFの責任であるかのように話が誘導されています。

(指摘)WWFにはインドのトラ保護区から住民を強制的に移住させた責任がある

(反論)民間団体であり、行政権を持たないWWFが、住民の移住に直接的に関与したことはありませんし、それは不可能です。また、この地域住民の件や、トラの保護活動に関するWWFのポリシーについて、WWFインターナショナルが、ヴァイスマン氏らによる取材等を受けたことは、一度もありません。

(指摘)リンバ・ハラパンのアブラヤシのプランテーション14500haのうち、80haしか保護されていない

(反論)実際には13970haのうち4961haが、保全地域として確保されることになっています。人工衛星によって撮影された画像も、これら地域が現在、森林として維持されていることを示しています。また、本ドキュメンタリーでは、WWFがアブラヤシのプランテーションを「森林」の一部と見なしている、と主張していますが、これは明らかな誤りです。WWFはプランテーションは農地であると定義し、森林とは認めていません。

(指摘)HSBCはWWFと共同でパーム油産業に関する戦略を練っている

(反論)HSBC(香港上海銀行)とWWFは、気候変動と水資源に関する問題についてパートナーシップを結びましたが、パーム油に関するパートナーシップは結んでいません。

(指摘)WWFとシェルやBPとのパートナーシップは何十年も続いている

(反論)WWFは現在明確なルールとして、地球温暖化に大きく関与する石油会社を含む、化石燃料を主なビジネスとしている企業からの寄付を受け付けていません。

(指摘)遺伝子組み換えされたサケにASC認証ラベルが付けられると思うと恐ろしい

(反論)認証は受けられません。ASC認証は、遺伝子組み換え水産物を対象から除外しています。

(指摘)WWFは傭兵部隊を配備しサイの角や象牙の闇取引と戦うため、民間の軍事会社と契約した

(反論)WWFは、この事業については何も知らず、承認も、資金拠出も行なっていません。この件については、南アフリカのJustice Kumleben氏による包括的な調査が行なわれ、WWFが関与していないということが示され、ヴァイスマン氏らもこれらの資料にアクセスしました。しかし、氏らはドキュメンタリーのなかで、その内容を参照・使用しませんでした。

(指摘)WWFはアルゼンチンにおけるモンサント社のビジネスモデルが、社会的に受け入れられるよう支援し、遺伝子組み換えの支持に乗り出した

(反論)WWFは、アルゼンチンでもその他の国でも、モンサント社と協業しておらず、パートナーシップも結んでいません。アルゼンチンのWWFパートナー組織であるFVSAでのインタビューにおいて、WWFがモンサント社と全く関係がないことを、ヴァイスマン氏らは明確に知らされましたが、ドイツで放送された番組ではこれが無視されました。

また、WWFは2004年に、遺伝子組み換え大豆を除外する「責任ある大豆生産のためのバーゼル基準」の策定に尽力しました。ドキュメンタリーでは、RTRS基準が現状、遺伝子組み換え大豆とそうでない大豆の区別をしていない点を以て、WWFが遺伝子組み換えを推奨している、と批判しますが、WWFは団体として一度も遺伝子組み換え大豆を推奨したことはありません。

(指摘)WWFは企業が先住民社会に及ぼす悪影響を助長している

(反論)先住民を含む地域住民の人たちは、各地で行なわれているWWFの活動の重要なパートナーです。人びとが優先的に土地の自然の恵みを受けられる暮らしを守ること、そして多様な文化の尊重と権利の保証は、保全プロジェクトの基本的な理念の一部です。

現在ボルネオで行なっている森林保全やオランウータンの保護活動でも、地域の方々に調査やエコツーリズムのスキルを身に着けていただくための研修や情報発信活動が大きな柱の一つとなっており、こうした人々の参加が今後、保全の現場を支えていく方向を目指しています。

また、2015年に極東ロシアで実現したビキン国立公園の設立にあたっては、WWFは10年にわたり、この地で生きてきたウデヘ、ナナイといった先住民の権利を認めるよう、ロシア政府に働きかけを続けてきました。その結果、この国立公園は、ロシアで初めて先住民の人々の権利を明確に守ることを保証した国立公園となりました。

チリ南部においても、WWFは10年にわたり地域の人々と共に、生物多様性に富んだ海域の保全と、持続可能な漁業の推進に取り組んでいます。コルコバード湾では海洋・沿岸保護区の総合利用について承認宣言を成立させ、ピティパレナ・アニィウエ海洋・沿岸保護区でも、地元政府や、地域住民、養殖会社と協働し、総合利用のための管理計画を策定しています。これは、WWFが、海鳥や多くの海棲哺乳類を保全するため、地域の利害関係者と調整・協働を行なっている例です。また、サケ養殖業者のASC認証の取得を通じて、養殖場からの廃水や化学薬品・抗生物質の使用による自然や地域社会への影響を極力抑える取り組みも継続しています。

自然環境を永続的に保全してゆくためには、こうした地域の人々が参加し、また主体となった「持続可能な社会の確立」が必要であるとWWFは考えています。

インタビューの誤訳と言葉の追加

(検証)本ドキュメンタリーでは、パプア州でのWWFスタッフへのインタビューに際して、インドネシア語での応答を吹き替えるにあたり、「誰がこの地域の所有者か?」という質問に対する答えを著しく誤訳しました。また、話の中に出ていないメラウケという地域名称や、900万haといった言葉も、その中に追加されていました。これらは、オリジナルのインドネシア語を翻訳することで明らかにされています。

さらに、パプアの先住民の族長カシミルス・サンガラへのインタビューについても、どのように森林の用途を認めたかについての概要を説明しているその内容が大きく改変され、「彼らは、我々の森を奪うことはできない」「私が望めば、彼らに呪いをかけることができる」といった、存在しない挑発的な言葉が加えられています。


これらの他にも、WWFが世界の自然破壊を推し進めているという非難を繰り返す一方で、別の箇所では「(WWFの)自然保護プロジェクトがうまくいっていなければ、産業界にとってのパンダの価値は失われる」という矛盾した指摘を行なったり、国際情勢を動かすほどの巨大権力を持っている、と弾劾しつつも、WWFのような小さな団体が多国籍企業に影響力を行使できるわけがない、といった引用を紹介するなど、批判そのものに関する主張にも一貫性がありません。

以上に限っても、本ドキュメンタリーの制作が、ドイツの裁判所による指摘にもあるとおり、ジャーナリズムとして問題のあるものであることが判じられます。

WWFでは、こうした番組により、これまで取り組んできた活動が歪められ、風評が広がった事実を、きわめて残念に思います。

WWFは皆さまにいただいたご信頼とご支援のもと、多年にわたり、活動を継続してきました。日々悪化するさまざまな環境問題を十分に解決するまでには、残念ながら力及んでおりませんが、そのため努力は、これからも変わることなく尽くしてゆく所存です。

上記を宜しくご理解いただき、今後とも変わらぬご理解とご協力をいただければ幸いです。


追記

2016年2月8日、北海道新聞の朝刊で、書籍『WWF黒書』が紹介されました。翻訳本の記述を、ほぼ繰り返した内容の編集委員による記事ですが、この掲載に際し、WWFは新聞社から何の取材も、事実確認の打診もいただきませんでした。また翻訳者からも、出版の前後、WWFに対して何のコンタクトもいただいておりません。この件について、WWFジャパンでは北海道新聞の編集局長あてに抗議の手紙を送付いたしました。
取材に対するこのような姿勢は、ジャーナリズムのあり方としては大変残念なものと考えます。

(2016年2月更新)

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