目撃者の証言:年々大きくなってゆくヒマラヤの氷河湖


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アジア(ネパール):アパ・シェルパさん

世界の最高峰エベレスト。その登山道近く、ネパールのソルクーンブで20年以上暮らしてきたアパ・シェルパさんは、世界最多のエベレスト登頂記録を持つ、ベテランの登山家です。アパさんはこの十数年の間に、ヒマラヤ山中の気候が劇的に変化し、氷河の氷が溶けて氷河湖を作り出すのを見てきました。湖が決壊すれば、濁流が町村を襲い、自分たちの財産、生命は危険にさらされることになります。アパさんは、ヒマラヤを襲っているこの現状について、訴えています。

エベレストの登山道からの証言

私はアパ・シェルパといいます。49歳で、エベレストの山頂に通じる登山道に近い、ネパールのソルクーンブ(Solukhumbu)のターメ(Thame)村で生まれ育ちました。両親はヤクの飼育を仕事にしていましたが、私は登山家になり、ここで20年以上暮らしてきました。荷物を背負って短い距離を歩くことから始め、時間をかけてプロの登山家になりましたが、今では、エベレスト山登頂の世界最多記録(19回)を持っています。この地域で多くの探検隊も案内してきました。そして、過去数十年の間に、この地域で多くの気候の変化を目にしてきました。

アパ・シェルパさん

エベレストでの気候の変化

地元に住む人たちと話からも、気候の変化の兆しをいくつかうかがうことができます。
はじめのうち、私たちはこうした変化がそれほど激しいものとは思っていませんでした。気候変動というものについて、何一つ知らなかったのです。

現在、気候パターンは劇的に変化しています。かつて大雪が降った12月、1月、2月は、今では全く雪が降りません。そして、通常ならば乾燥している3月になってからようやく、しかもどっさりと雪が降ります。

暑くなる日の日数も増えてきています。2008年には、標高3,440メートルのナムチェ・バザール(Namche Bazaar)で、初めて蚊を目にしました。標高5,360メートルにある、エベレスト登山のベースキャンプ(Everest Base Camp)周辺ではイエバエも見ました。それまでに一度も聞いたことのない事でした。

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クーンブ氷河の崩落部の登山者達

そして、いうまでもなく、山や氷河の氷も急速に溶け出しています。
エコ・エベレスト隊2009に参加して登頂を目指している時、私は生まれて初めて、エベレスト山頂近くの4番キャンプで凍っていない「流水」を目にしました。
もっと低い位置にある2番キャンプでも、飲み水を得るために雪を溶かす必要がありませんでした。これは以前の登山時には非常にまれだったことです。

氷河決壊の脅威

私たちは今、氷河が溶け出すことで氷河湖が大きくなり、その決壊の脅威に直面しています。
こうしている間にも、イムジャ(Imja)氷河湖は徐々に水かさを増し、大きくなっています。妻と私は、1985年に起きたディグ=ツォ(Dig Tsho)氷河湖の決壊で家財を全て失い、危うく命も落とすところでした。
イムジャのような大きな湖が決壊したら、どれほど大きな被害が出るかは誰でもわかります。近隣の人々だけでなく、下流に住む人々の生活も、完全に破壊されてしまうでしょう。

地域の人々はこういった問題にあまり気付いていないため、さまざまな環境の変化を、一つの事象につなぎ合わせることができていません。しかし、これらの変化は、私たちに深刻な結果をもたらすはずです。

ネパールには決壊しそうな氷河湖が20あると聞いています。これは私たちすべての財産やインフラに、重大な影響を与えるのみでなく、生命さえも脅かす存在になっています。
地元の人々からの情報によれば、ジャガイモの収穫量は以前ほど上がっておらず、ヤクの頭数も減ってきていることもわかっています。これらは天気のパターンが変化している結果と思われます。森林火災の発生も耳にしますし、蚊やイエバエがどんな病気をこのヒマラヤに持ち込むのかも、予測できません。

ヒマラヤの問題を知ってもらうために

私は教育は受けていませんが、この問題の深刻さは分かります。 気候変動により山岳地帯に住む人々に危険が迫っていることを、政治家や政府が気付くことを願っています。
この地域に住む人には教育が必要であり、問題解決のためには資金を必要としています。

私が行なった直近の2回のエベレスト登山は、この「気候変動問題」に注目してもらうためのものです。それは、一人の人間の小さな一歩にすぎませんし、もちろんこれだけでは充分ではありません。「気候変動問題」とそこから生じる問題の解決策を見つけるために、私たちは一致団結しなければなりません。

続報:20回目の登頂(編集者註)

「温暖化の目撃者」として、上の証言を発表した後、アパさんは19回目に続き、20回目のエベレスト登頂を果たしました。
この2回の登頂は、アパさんの言葉どおり、「気候変動問題に注目してもらうため」の登山として行なわれました。

まず2009年に行なわれた19回目の登頂は、WWFネパールが中心になって実施しているキャンペーン「Climate for Life」の一環として行なわれました。
この時、アパさんは、同行者のダワ・スティーブ・シェルパさんと共に、エベレストの山頂に立ち、気候変動の危機を訴える旗を掲げました。そして、その後ヨーロッパの10の都市を巡る紀行に出発。各国の政府高官や著名人、そして町の人々に、こうした国々の暮らしが、ヒマラヤの自然と、そこに生きる人たちの人生を左右するのだ、というメッセージを伝えました。

さらに2010年、2010年5月31日、アパさんらは再びエベレストに臨み、20回目の登頂に成功し、あらためて、気候変動に対するメッセージの旗を掲げました。
その旗には、次のように書いてあります。「私たちの次は、あなたが声を上げる番です。ヒマラヤの気候変動は止められます」。

Climate for Lifeキャンペーンは当初、2009年末にコペンハーゲンで行なわれたCOP15会議に、ヒマラヤにおける気候変動の影響の現状を届けることを目的に展開され、ネパールの首相を通じて、アメリカ合衆国のオバマ大統領やイギリスのブラウン首相(当時)など、世界の多くの人々にも、そのメッセージが届けられました。

しかし、COP15は成果を出すことなく終了。
これを受けた2010年の登頂の際、アパさんの同僚のダワさんは、エベレストのベースキャンプから次のようにメッセージを発しました。

「2009年の時、WWFのClimate for Lifeキャンペーンを進めていた私たちに対して、世界の人々は最大限のサポートをしてくれました。しかし、コペンハーゲンが終わって、私たちは、気候変動に対して行動する必要性がさらに大きくなったと感じています。この戦いは、続けなければなりません」。

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エベレストのベテラン登頂者アパ・シェルパが、
エベレスト山山頂で気候変動のメッセージとともに
WWFの旗を掲げたところ。
世界最高峰であるエベレスト山への19回目の登頂で。
(C) climate4life.org

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以上3枚の写真はすべて、アパ・シェルパ
(C)WWF / Apa Sherpa

WWFインターナショナル/ホームページ掲載日:2009年10月15日
Climate Witness: Apa Sherpa, Nepal

WWFインターナショナル/ホームページ掲載日:2010年5月31日
Climate Witness: Apa Sherpa, Nepal

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ネパールの温暖化の目撃者プロジェクトで使用される機材はソニーの提供です。
(C)Sony Japan

科学的根拠

アイルランド国立大学メイノース校 ジョン・スウィーニー(John Sweeney)博士

氷河湖は、ヒマラヤやネパール東部のクーンブ・ヒマール(Khumbu Himal)地域でよく見られる光景です。これらの氷河湖のうちいくつかでは、モレーン(堆積物)によって水がせき止められています。このようにモレーンによって水が溜まった氷河湖は、危険とされています。このような湖が決壊して起きた洪水は、決壊当初に最も多くの水が流れることと、大量の堆積物が同時に流れることが特徴です。このような氷河湖は、現在ネパールで見られる最も一般的なタイプです(ヤマダ、シャーマ(Sharma)、1993年)。

氷河は気候の変化に敏感に反応するので、主要な指標となっています(オエールマンズ(Oerlemans)、1994年)。年平均気温は20世紀に大幅に上がりました(IPCC、2001年)。これにより、世界の多くの場所で氷河の後退が加速したと思われます。世界中の氷河についての最近の再調査では、1年あたり平均で約10メートル後退し、そのペースは多くの地域で加速しています(レムケ(Lemke)他、2007年)。

ネパールの開発や気候変動に関するシャーダル(Shardul)他(2003年)の事例研究から、ここ数十年の著しい温暖化傾向が明らかにされています。その傾向は、標高が高い所でよりはっきり表れています。似たような事例は、シュレスタ(Shrestha)他(1990年)の研究でも、ここ20年でネパールが劇的に温暖化したことが報告されています。

大気循環の複数のモデル中で、ネパールの気候変動シナリオは、2050年から2100年の間に平均気温が1.2℃から3℃上がる見込みであることを示しています。同様に、ニュー(New)他(2009年)の研究では、極端な気温変化は2060年代に55%、2090年代に70%上がるという見解を出しています(http://www.kathmandutocopenhagen.org)。この温暖化の傾向は、ネパールのヒマラヤ地域に重要な影響をもたらしそうです。氷河の後退と、氷河湖の規模が拡大し、水量が著しく増加することへの影響が最も大きく、氷河湖決壊洪水(Glacial Lake Outburst Flooding, GLOF)がより起こりやすくなります。氷河の物質収支に関するデータから、氷河の増減量の情報がわかります。ネパールのヒマラヤではその情報はあまり知られていません。しかし、過去30年以上に亘って、ヒマラヤの大部分の氷河は後退、縮小し、この10年でその損失ペースは加速しています(バジュラチャルヤとムール(Bajracharya and Mool)、2009年)。いくつもの最近の研究(例えば、藤田他/2001年、バジュラチャルヤとムール/2009年)で、気候変動がヒマラヤの氷河の減少の原因になっていると結論付けられています。

全ての記事は「温暖化の目撃者・科学的根拠諮問委員会」の科学者によって審査されています。

参考文献

  • J. Oerlemans (1994) Quantifying global warming from the retreat of glaciers, Science 264, 243-245.
  • Bajracharya, S. R. and P. K. Mool 2009. Glaciers, glacial lakes and glacial lake outburst floods in the Mount Everest region. Nepal. Annals of Glaciology, 50 (53) London, UK. 81 - 86.
  • Shardul A., Vivian R., Maarten V. A., Peter L., Joel S. and John R. (2003) development and climate change in nepal: focus on water resources and hydropower.
    (http://www.oecd.org/dataoecd/62/43/35798852.pdf)
  • Mark New, Sarah Opitz-Stapleton, Jagadishwor Karmacharya, Gil Lizcano and Carol McSweeney (2009) Climate Projections for Nepal Global and Regional Model Results, 2009 A regional climate change conference Kathmandu to Copenhagen, 31august-1 September, Kathmandu, Nepal
  • Wessels, R.L., Kargel, J.S., and Kieffer, H.H. (2001) Global Land Ice Measurements from Space: Documenting the Demise of Earth's Glaciers using ASTER. American Geophysical Union, May.
  • Shrestha, A. B., Wake, C. P., Mayewski, P. A., and Dibb, J. E. (1999). Maximum temperature trends in the Himalaya and its vicinity: An analysis based on temperature records from Nepal for the period 1971-94. Journal of Climate 12, 2775-2787.
  • IPCC, 2001 In: IPCC, Editor, Climate Change 2001 -- The Scientific Basis. Contribution of Working Group I to the Third Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change, Cambridge University Press, Cambridge (2001).
  • P. Lemke et al., "Observations: Changes in Snow, Ice and Frozen Ground," in Intergovernmental Panel on Climate Change (IPCC), Climate Change 2007: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Fourth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change (Cambridge, UK, and New York, NY: Cambridge University Press, 2007), 337-83.
  • Haritashya,; Bishop, Shroder, Andrew, Bush, Bulley (2009). "Space-based assessment of glacier fluctuations in the Wakhan Pamir, Afghanistan" (PDF). pp. 5-18. doi:10.1007/s10584-009-9555-9.
    http://www.glims.org/glacierdata/data/lit_ref_files/haritashya2009.pdf.

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