目撃者の証言:失われる白神山地・ブナの森


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日本(白神山地):工藤光治さん

世界自然遺産の白神山地で50年以上、ブナの森とつきあってきた元マタギ(猟師)工藤光治さんは、古くからの伝統にのっとって、クマを撃ち、山菜やきのこを採って暮らしてきました。しかし白神山地では、このまま温暖化が続くと、100年で森の9割が失われる恐れがあると言われています。工藤さんは、先祖代々守り続けてきた森を、次の世代にも引き継ぐことの大切さを訴えています。

世界遺産の森・白神山地からの証言

私の名前は工藤光治です。代々続くマタギ(猟師)の家系で育ち、わずか15歳のとき、マタギ集団に入りました。以来50年以上にわたって、白神山地の山に入り暮らしてきました。今は、エコツアーガイドとして、白神を訪れた人々に、ブナの森の素晴らしさや自然を残す重要さを伝えています。遠くから見ただけでは一見豊かに見えるブナの森も、ここ数年大きな異変が起きていると感じています。積雪が減り、毎年、ブナの実を食べる害虫が大量発生しているのです。

工藤光治さん
(C)WWF Japan/OurPlanet-TV

森のサイクルに異変が起きている

私がマタギ集団に入った昭和30年代(1950~60年代)の白神山地は、まだ車の林道はなく、私の住んでいた里山からずっとブナの森が続いていました。クマ狩りを行なうのは、クマが冬眠から覚める春先です。私たちはまだ雪の残る厳しい山に入り、対岸にクマを見つけると、雪解け水の濁流を胸まで浸かって越えていきます。この時期のクマは毛並みがよく、漢方薬の「熊の胆(くまのい)」になる「胆汁」が、冬眠の間にたくさん胆のうの中にたまっているのです。

クマ狩りを行なうシーズンは、わずか2週間ほど。この季節が終わると、私たちは、山菜を採ったり、イワナ、アユなどを釣って生計を立てます。春はぜんまい、秋はマイタケという風に、自分たちが生きていくために、他の命をもらいながら生きてきたのです。

ところが、ここ数年、気温の上昇で、豊かだった森の状況が徐々に変化しています。最も大きなことは、積雪が減っていることです。雪が減ると、川の水位が下ります。白神の沢の水は平均水温17度前後。川の周囲は夏でもひんやりと気持ちがいいのですが、水位が減ることによって、森全体の気温が上昇するという悪循環が起きています。
また、草花の咲く季節も徐々に早まっています。かつては、里のほうでナシの木の花が咲けば、山はぜんまいのシーズン。トチの実が弾けるとマイタケのシーズンというように、自然の暦に従って収穫してきました。ところが、季節はずれに花が咲いたり、自然のサイクルが大きく狂ってきていると感じます。

青森県と秋田県の県境に広がる白神山地

ブナの巨木

虫の大量発生

さまざまな森の異変の中で、私が最も気になっているのは、ブナの実を食べる虫が白神全体で大発生していることです。ブナの実は、三角の形をした爪の先程の小さな実ですが、栄養価が高く、味も良いのが特徴です。秋になると、小鳥やネズミ、サルなどが好んで食べますし、私たちも山へ入ったときは、おやつ代わりによく食べます。特にクマはこの実が大好きで、わざわざブナの木に登って食べるほどです。
平均寿命が約250年のブナは、育ちの早い木でも、50年経たなければ実をつけません。実をつけるようになると、3年から5年ごとに栄養を蓄えながら花を咲かせます。豊作の年には、1本のブナで2万個の種を落とすと言われています。
しかし、近年のように、実るまでに虫に食べられてしまうと、ブナは子孫を繁栄させようとして、その次の年も花を咲かせてしまいます。その繰り返しが8年くらい続いています。これを見ていると、私は、ブナが疲れて実をつけなくなってしまうのではないかと心配しています。また、周辺の栄養源もなくなってしまうのではないかと心配です。
影響はクマにも及んでいます。クマは、初夏に交尾をし、秋にたくさん食べて、栄養満点になると初めて受精卵が子宮に着床し妊娠します。しかし、ブナやどんぐりの実が不作だと、十分な食べ物が得られず、仔が産まれません。里に出てくるクマが多くなったのは、ブナの森に限らず、何か森に異変が起きている影響なのではないでしょうか。

山地の中心部は、ユネスコの世界自然遺産に登録されている。

森は豊かな水もはぐくんでいる

湿度の高い森の土には、キノコなども多く見られる。

ブナの森の恵み

ブナはふつう5月の連休くらいに芽吹き始めます。その勢いがすごい。標高の低い沢から尾根にめがけて一気に芽吹くのです。芽吹いていく様が、まるで山を駆け上がるように緑になっていくので、私たちは「ブナの峰走り」と呼んでいます。雨が降って、一晩して目が覚めると、すぐ目の前まで緑になっている。本当に生命力の強い木です。

15歳で初めてマタギの集団の見習いで白神のブナ林を歩いたときには、このブナの森は恵み多い山だ。何があっても50年経っても、100年経っても、みんなでこのブナの森を残さなければならない。そう教わりました。昔は、こうしたブナの森が日本全国にあったのです。しかし、戦後、スギの植林を行なうため、生育の遅いブナは大量に伐採され、これだけ広い範囲で残っているのは白神だけとなってしまいました。

ブナの森を歩くとスポンジのようにフカフカしていて、どんなに晴れていても湿っていることに気付くと思います。ブナの森は豊富な腐葉土に覆われていて、その下にブナの根が張り巡らされています。腐葉土の働きによって地面にしみこんだ雨水は、ブナの根の働きで、更に深く地面に入り込んでいきます。こうした水は栄養をじっくりと蓄えながら、15年以上かけて地上に染み出し、川となって海に流れ込みます。この養分を含んだ水は、プランクトンや海藻にとても良い影響を与えると言われています。ブナは森の動物を育て、植物を育て、そして海の動物をも育てているのです。

その白神のブナ林は、8000年前に今と同じ生態が完成されていたと言われています。しかし、このまま温暖化が進むと、21世紀の終わりには、ブナ林の9割が消滅すると予測されています。たった100年程度で、このブナの森を絶滅させていいのでしょうか。縄文時代からずっと引き継いできたこの貴重な宝物を我々も次の世代に譲っていく責任があるはずです。

ここ白神のブナ林で生きてきた人たちは、限りある資源を利用してきました。いったん人間の手によって自然に変化が起きると、それの回復は何十倍も時間がかかるわけです。この状況を変えていくためには一人ひとりの考え方、ライフスタイルを変えていかなければならないと考えています。

ブナの実。ツキノワグマなど、森の生きものたちの好物でもある。

森を歩く工藤さん。50年にわたり、この森を見守ってきた。

かつて使われていたマタギ小屋
写真(C)WWF Japan/OurPlanet-TV

WWFインターナショナル/ホームページ掲載日:2008年10月22日
Climate Witness: Mitsuharu Kudo, Japan

科学的根拠

ブナ林は、日本を代表する落葉広葉樹林で、世界遺産の白神山地ブナ林が有名です。ブナ林は、保水能力に優れ、水源地として大きな役割を果たすとともに、その実は、ツキノワグマをはじめとする野生動物の重要な食物として利用されており、豊かな生態系を維持するためになくてはならない森林です。しかし、温暖化が進み、気温が上昇すると、ブナ林の分布域は大幅に減少すると予測されています。そのため、日本の森林生態系が大きな影響を受ける可能性があります。
環境省が2008年6月18日に発表した「気候変動への賢い適応~地球温暖化影響・適応研究委員会報告書~」によると、環境要因からブナ林の分布確率を予測する分類樹モデルによる解析では、現在ブナ林が分布する地域における分布領域は、2031~2050年には、最悪のシナリオでは44%に減少し、そして2081~2100年には、最悪シナリオで7%にまで減少すると予測されています。白神山地でも、ブナ林の分布適域は大きく減少すると予想されます。
http://www.env.go.jp/earth/ondanka/rc_eff-adp/report/part2chpt4.pdf
予測される森林の急速な変貌を監視し、温暖化と森林環境に関する因果関係を予測し,対策を講じて,美しい自然を次の世代に遺していく責務があります。

全ての記事は「温暖化の目撃者・科学的根拠諮問委員会」の科学者によって審査されています。

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