目撃者の証言:犬ぞりレースに未来はあるか


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北アメリカ(アラスカ):マーティン・ビューザーさん

犬たちとそりを操り、アラスカの原野を駆け抜ける世界最長の犬ぞりレース「アイディタロッド」。このレースに25年にわたり参加し続けてきたマーティン・ビューザーさんは近年、コースとなっているアラスカの環境が、どんどん暖かくなっているといいます。コースの状態は激変し、実施の時期も変更を迫られようとしています。

アラスカの原野からの証言

私の名前は、マーティン・ビューザーです。私はスイスで生まれ育ち、アウトドア・スポーツをずっと愛してきました。犬ぞりを引く犬たちと出会ったのは、10代の頃です。以来、それが余暇の楽しみとなりました。犬で生計を立てるつもりも、人生を彼らに捧げるつもりもありませんでしたが、なんとなく成り行きでそうなってしまいました。

マーティン・ビューザーさん
(C)Kathy Chapoton

アイディタロッドは世界最長の犬ぞりレースです。公式距離は1,049マイル(約1,688キロ)。なぜ、この1,049マイルという距離なのかというと、理由は簡単で、アラスカがアメリカで49番目の州であり、コースが1000マイルを超えるからです。実際には約1,150マイル(約1,850キロ)ありますが、氷の割れ目を迂回したり、凍った海面を走る場合もあるので、この数字は毎年多少変わります。

真冬の蚊

2008年、私は25回目のアイディタロッドの犬ぞりレースを終えました。現在、最多連続完走という、ちょっとあやしい記録を持っています。

このアイディタロッド・レース、私が初めて出場してから16回目までは、過酷な寒さの中で行なわれました。一番寒かったのは1992年と1994年で、1週間以上もマイナス45度ぐらいの日が続いたのです。それが、アイディタロッド史上、最も寒かったレースの記録です。
ところが最近では気温上昇が激しく、ここ数年は何回か雨も降りました。こんなことは今まで聞いたことがありません。

こんなこともありました。レースを3分の2ぐらいまで終えた頃、辺りがとても暖かくなって、蚊にさされてしまったのです。
また、海辺の町ユナラクリートの西方約110キロの地点にある、カルタグというチェックポイント近くでも、凍ったユーコン川の上で、蚊の大群を見ました。真冬にアラスカ北部の海岸近くにいるのに、蚊に遭遇するのです。
アラスカはとても蚊が多いので、私たちは冗談で蚊を「アラスカの州鳥」と呼んでいます。しかし、さすがにこれは前代未聞のことです。

アメリカ合衆国のアラスカ州で開催された2008年アイディタロッド犬ぞりレースのスタートラインに立つビューザーさん
(C)David Predeger

変化するレースコンデイション

レースのコースや条件は毎年少しずつ変化しています。レースは、雪の多いアラスカ山脈の南側からスタートしますが、山脈の北側へ行くと、寒い年でも100キロぐらいの間、雪のない地域ができることがあります。しかし、2007年には、400キロ以上も雪のない土地が続きました。これは、これまでになかったことです。
こうなると、私たちは凍ったツンドラの上、つまり雪のない凍土の上を何百キロも走ることになります。犬の小さな足にとっては、雪がない方が走りやすいので、そりを引っ張るにはありがたいことでしょう。しかし、雪のない凍土むき出しのこの区間は、本当にでこぼこなので、それを操る人間とそり自体は、ひどい振動に耐える苦労を強いられます。この年、雪の無い約8キロの区間を通る間に、全参加者の実に15%がリタイアしてしまいました。

2008年もまた、さらに異常なコンディションのレースとなりました。「パンチー」と呼ばれる、やわらかい雪のコースが、何百キロも続いたのです。パンチーは、犬の足が積もっている雪を突き抜け、その下の固い層にパンチしているような状態のコースのことで、これは犬にとって走るのが辛い道です。
私たちは、80キロから100キロくらいの距離であれば、このパンチーを走ることにも慣れていますが、この年は気温が暖かく、コースの雪が長距離になって柔らかくなった上、レースの前半でかなりの雨まで降りました。

ここ数年続いている、4度を超えるぐらいの暖かい気温は、犬ぞりを操る人間にとってはちょうど良い気温ですが、犬にとってはそうではありません。犬がバテずに長距離を走るためには、マイナス18度ぐらいか、それより少し低いぐらいがちょうど良いのです。

2008年のアイディタロッド犬ぞりレースのコース (C)WWF, source_iditarod dog sled

アイディタロッド犬ぞりレースのコースを走るビューザーさんと、そのドッグチーム (C)David Predeger

レースの将来

最近は、レースの開催時期について話し合われるようになりました。
これまでのスタート日は3月の第1土曜日と決まっていました。昔は、普段の年よりも比較的暖かい年がたまに訪れる程度だったので、レースをより2月に近い時期か、2月に開催しなければならないかもしれない、と冗談を言っていたのです。
しかしこれが冗談で通じたのは、1980年代から90年代前半までのことになってしまいました。最近では真剣に、レースを1、2週間早めることを検討すべきではないか、と話し合っています。

開催時期を早めるだけで済むならば、あまり大きな影響がないように思えますが、実際には、犬ぞりシーズン全体の開始時期を早めたり、レースの期間を短くする、といった他のさまざまな問題に波及します。同じことは、犬ぞりレースが行なわれる、モンタナやミシガンなど、アラスカより南にある州でも起きることでしょう。これらの地域も、気温上昇によって秋が長くなり、冬が短くなる事態に直面しています。
実際、北部地方での他のウインター・スポーツと同様に、犬ぞりを走らせることが出来る期間は短くなっています。

熱帯化するアイディタロッド

私は、気候の変化を実際に体験している人から、たくさんの興味深い話を聞くようになりました。ノームの北にある、テラーという小さな町に住む友人のジョー・ガードナーは、私よりも地球温暖化の影響を目の当たりにしています。私と同じように屋外で過ごす時間が長いジョーと、よく気候変動について話をします。彼もこの20~30年の間に、たくさんの環境変化を目撃してきました。

ジョーは沿岸地方出身の犬を走らせていますが、この犬はアラスカのより暖かい地方で飼っている私の犬よりも、厚い毛で覆われた品種です。私たちは冗談で「バナナ犬」と呼んでいます。
しかし、ジョーの犬には2008年の冬の暖かさがとてもつらかったらしく、途中で疲れきってしまい、レースを続けることができませんでした。このためジョ―は、山脈の奥に進む手前、アラスカ山脈の南側でリタイアしてしまいました。冬のアラスカが、犬を走らせる上で暖かすぎるなどということは、まったく考えられなかったことです。

冗談半分ですが、2008年はレース中の気温が上がると予想していたので、24時間の休憩時間(犬ゾリレースではルールで休憩をとることになっている)に、アロハシャツを取り出して身に着け、同じくアロハパンツとパジャマズボンをはかせた犬に、餌をやっている写真を撮りました。
そんな写真を20年前に見せられたら、ただの悪ふざけで撮った写真と誰もが思ったでしょうが、この年はレースが半分進んだ時点で本当にとても暖かくなったので、実際に着ているものをどんどん脱いでいったほどでした。

WWFインターナショナル/ホームページ掲載日:2008年3月29日
Climate Witness: Martin Buser, USA

科学的根拠

ケン・テイプ氏(Ken Tape) アラスカ大学・北極圏生態学研究所(Institute of Arctic Biology)

アラスカの気温が以前に比べて数度高くなっていることはすでに明らかになっており、ビューザーさんの観察は温暖化に関する文献と一致しています。特に近年、真冬に雨が頻繁に降るようになり、ビューザーさんもこれを指摘しています。また、春に暖かい日が集中していることから、近年ビューザーさんが雪のない地面を目にすることが増えていることも納得できます。同じくアラスカ州で開催されるユーコン・クエスト(Yukon Quest)犬ぞりレースは今でもまだ寒いレースとして成り立っていますが、アイディタロッドは、ビューザーさんが開催時期について懸念を示していたように、今後の開催が危ぶまれます。このままの温暖化傾向が続くとすれば、クエストもアイディタロッドも10年以内に開催時期を変更するのではないかと私は予想しています。レースをする上で様々な決断が天候大きくに左右されるので、ビューザーさんの観察には説得力があり、信頼性もあります。

ハンセン(Hansen)J、R. ルーデイー(Ruedy)、J. グラスコー(Glascoe)、及びMki. サトー(Sato)、1999年:地表温度変化のGISS解析。地球物理学研究ジャーナル(Journal of Geophysical Research) 104, 30997-31022、doi(digital object identifier=デジタルオブジェクト識別子):10.1029/1999JD900835

全ての記事は「温暖化の目撃者・科学的根拠諮問委員会」の科学者によって審査されています。

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