目撃者の証言:決壊する氷河湖が村を襲う


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アジア(ネパール):ノルブ・シェルパさん

エベレストのふもとの小さな村に住むノルブ・シェルパさんは、今から20年前、村を襲った土石流によって、家や財産の全てを失いました。解けた氷河が巨大な氷河湖を作り、それが突然、決壊したのです。今も各地で拡大し続ける氷河湖の現状を目の当たりにしてきたノルブさんは、土石流の再来に暮らしが脅かされていると言います。

世界の屋根からの証言

私の名前はノルブ・シェルパといいます。今は41歳で、世界一高い山、エベレスト山からあまり遠くないネパールのクンブー地方で、トレッキングのガイドをしています。
私は、ここが世界で最も美しい場所の一つだと思っていいます。そしてここに住み、働いていることを誇りにしています。

ノルブ・シェルパさん
(C)WWF Nepal

洪水の恐怖

私は、高位の修道僧ラマ・アング・ドジャ・シェルパの息子として、ガート地方の小さな村で生まれました。中等教育を終えた後、私は修道僧になるために2年間修道院で勉強しました。そして、修行を終えて下位の修道僧になったのです。こうして私は、父の跡を継ぐ準備をすっかり整えていました。

しかし私の人生は、1985年8月4日に大きく変わってしまいました。村のすぐ上にあった氷河湖が決壊したのです。

最初にとてつもない爆発音が聞こえた時、私は家族全員と家にいました。私たちは慌てて外に飛び出し、何が起こったのか見ようとしました。そして驚いたことに、岩や木が混ざった大きな黒い土石流が、山をものすごい速さで流れてくるのを見たのです。

私たちは慌てて持てるだけのものをかき集め、家の外に飛び出し、間一髪で逃げることができました。

そして、ものの数分のうちに、家畜や農作物と一緒に、私たちの家は他の4軒の家と共に流されてしまいました。つり橋の近くに、私たちが飼っていた牛が洪水の中を流されていくのが見えました。洪水は数時間も続き、私たちは財産のすべてを失いました。今までの人生で、最も悲しい瞬間でした。

翌日の朝、私たちは家が建っていた場所へ行ってみました。そこは、まるで家など、もともと建っていなかったかのようになっていました。家を流されなかった近所の人たちが、私たちの荷物を探すのを手伝ってくれました。
こうして私は、19歳で家も土地も仕事もなくしてしまったのですが、それでも私は、洪水が昼間に起こったことを神に感謝しました。夜だったら、家だけでなく私たち家族も流されてしまっていたに違いないからです。

ヒマラヤの懐に抱かれたノルブさんの村
(C)Sandeep Chamlingl

1985年の洪水で流されてしまったノルブさんの家 (C)Norbu Sherpa

解けゆく大氷河

生活費を稼いで家族を支えるため、私は目指していた修道僧として生きる道をあきらめ、トレッキングガイドとして働くことにしました。
そしてこの20年間、さまざまな探検隊に同行し、エベレスト(標高8,850m)を3回登頂したほか、チョーオユー(標高8100m)、ダウラギリ(標高8200m)など、数多くのヒマラヤの名峰を踏破してきました。

自分の家族も持ち、事業も始めました。妻のカンドゥは今、ガート地方で私たちの観光客向け野のロッジとレストランを経営しています。

20年以上続けてきたこのトレッキングガイドの仕事の中で、私はしばしば、氷河の様子の変化に気づくことがあります。大量の氷河が解けて、氷河湖が大きくなっているのです。氷河湖が拡大すると、この地域が決壊によって洪水に見舞われる危険性が、さらに高まることになります。

私は1年の間に4回から5回ほど、エベレスト登山の基点となるベースキャンプに、ガイドとして同行しています。氷河はこのベースキャンプから3時間ほど歩いた距離にありますが、氷河は年々小さくなってより山の高いほうへと後退しており、ベースキャンプも山頂に近い場所になってきました。
ですから昔は、ベースキャンプからエベレストの山頂へ、探検隊は90日から100日かけて成功する見込みの薄いまま登っていたのが、今では30日から40日で、ほぼ完璧に登頂することができます。

決壊が心配される氷河湖。各地でその数と規模が大きくなっている
(C)Sandeep Chamlingl

ガート地方の景色 (C)Sandeep Chamlingl

氷河湖の拡大以外にも、村の周辺ではたくさんの気候の変化が感じられます。雨が少なくなり、旱魃が増え、木々が枯れています。
雪も雨もまったく降らない冬もありました。ところがその翌春には、予想もしていなかった吹雪となり、付近の住人も観光客も、とても当惑してしまいました。

例年、私たちは2月か3月にジャガイモを植え、7月から8月にかけて収穫します。しかし雨が少なくなったせいで、2004年は全く作物を育てることができませんでした。
また、以前のように冬が寒かったときは、家の保温性を高めるために、私たちは家の壁を約20cmの厚さにしていましたが、最近は雪が少なくなり、以前ほど寒くないので、壁の厚さは約8cmですんでいます。

押し寄せる洪水の恐怖

1985年に起きたディグ・ツォ洪水で人生を変えられてしまうような被害を受けたのは、私だけではありませんでした。ガートには、たいへんな被害を受けた家族が他にもたくさんいます。悲しいことですが、このような大惨事はこれからも起こるでしょう。拡大し、決壊寸前の氷河湖が、他にもたくさんあるからです。

私はトレッキング中に、そのような氷河湖をいつも目にしています。
2年くらい前まで、イムジャ氷河湖はとても小さく、周囲を歩けるほどでしたが、今では、はるかに大きくなり、毎年2~3メートルずつ、どんどん大きくなっています。
私は、このクンブー地方最大の氷河湖に行くと必ず体が震え出し、20年前に私の村で起こった大洪水を思い出します。若い頃の洪水の恐怖が走馬灯のように駆け巡り、あの時の悲しみと苦難とを思い起こしてしまうのです。

私は今、洪水が再び襲って来るのではないかと心配でたまりません。もし、またあの時のような洪水が起こっても、私はもう人生をやり直すことはできませんし、村の他の住人も生活していくことはできないでしょう。ですから、もう二度と不幸が起きないよう祈っています。悲しいことに、そう祈るほかないのです。

自然の美しさが失われる

トレッキングガイドをしたり、さまざまな地域での集まりに参加すると、世界中から来た人たちが、私の住む地域の美しい自然を賞賛してくれます。これを聞くと、私はとてもうれしくなります。しかし、この美しい自然が失われる危険にさらされていることを考えると、同時に悲しくもなります。

私たちは、日常の生活でたくさんの環境問題に直面しています。その中で私が一番心配なのは、地球温暖化です。何千年間も同じ姿であり続けてきた、壮大なヒマラヤの山々では今、氷河が溶け、いくつもの氷河湖ができつつあるからです。
私たちのような山に住む人間は通常、危機を広く伝えられる世界のメディアや公開討論の場を通じて、ものを言うことはできません。しかし、WWFの「温暖化の目撃者たち」プロジェクトのおかげで、私たちが今さらされている温暖化の影響を、世界に伝えることができました。
私は、世界中のすべての人が温暖化を真剣に考え、影響を和らげるため、今すぐに行動することを期待しています。

WWFインターナショナル/ホームページ掲載日:2007年4月20日
Climate Witness:Norbu Sherpa, Nepal

科学的根拠

ノルブさんによる観察は、科学的な観測ともある程度一致しています。
ノルブさんの言うディグ・ツォ氷河湖の決壊による洪水に関する日時や自然現象は、正確です。後退する氷河に関しても同様です。彼の話のなかには、気候変動によるポジティブな影響について示唆している部分もあり、一例としては、登山が以前と比較して容易になったことが挙げられます。しかし、露出した岩の表面が、登山を困難にし、また危険性も高めるという観測もあります。

雨や雪の降り方の変化に関しては、科学的論文は、まだ出されていません。クンブー地方の気温上昇に関する記述は、ネパール中で観測されているものと一致しています。イムジャ湖の拡大については正確には報告されていませんが、イムジャ湖は1950年代に形成されはじめ、その後急速に拡大しました。近年では、湖の全長は、毎年約70メートルほどずつ広がっています。

  • Bajracharya, B., Shrestha, A.B., Rajbhandari, L., 2007. Glacial Lake Outburst Floods in the Sagarmatha Region. Hazard Assessment Using GIS and Hydrodynamic Modeling. Mountain Research and Development 27, 336-344.
  • Bajracharya, S.R., Mool, P.K., Shrestha, B.R., 2007. Impact of Climate Change on Himalayan Glaciers and Glacial Lakes. Case Studies of GLOF and Associated Hazards in Nepal and Bhutan. ICIMOD, Kathmandu.
  • Sakai, A., Fujita, K., Yamada, T., 2005. Expansion of the Imja glacier Lake in the East Nepal Himalaya. In: Mavlyudov, B.R. (Ed.), Glacier Caves and Glacial Karst in High Mountains and Polar Regions: 7th GLACKIPR Symposium. Institute of geography of the Russian Academy of Sciences, Moscow, pp. 74-79.

All articles are subject to scientific review by a member of the Climate Witness Science Advisory Panel.

全ての記事は「温暖化の目撃者・科学的根拠諮問委員会」の科学者によって審査されています。

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