目撃者の証言:町が湖に呑み込まれてゆく


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中央・南アメリカ(アルゼンチン):オズワルド・ボニーノさん

オズワルド・ボニーノさんは、2003年にアルゼンチンのサンタフェ州にある、カステリャノス地区の町長に選出されました。サンタフェ州は、パンパスと呼ばれる大草原が広がる平坦な土地で、農業や牧畜が盛んです。しかし、過去7年間の降水量の増加により、ラ・ピカサ潟湖の面積が3倍に拡大。多くの農場、作物、家屋が押し流されました。

アルゼンチンの大平原からの証言

私の名前はオズワルド・ボニーノです。1968年2月28日にサンタフェ州ルフィーノ市で生まれました。ルフィーノは私がその後の生涯を過ごしてきたアーロン・カステリャノスの町から、一番近い都市です。父親は鉄道職員、母親は主婦、私は現在技術解析プログラマーを仕事として、妻と 3人の子どもたちと共に暮らしています。

オズワルド・ボニーノさん
(C)WWF/Pikielny.

サンタフェ州は、パンパスの名で知られる大草原地帯にあり、土地は非常に平坦で、農業や牧畜が盛んです。ここは、ガウーチョと呼ばれる、南アメリカで放牧に従事するカウボーイたちの発祥の地でもあります。
ここでは過去7年間に降水量が増加したことにより、かつては1万ヘクタールの広さだったラ・ピカサ潟湖が3万ヘクタールに拡大しました。湖は、最もその面積が大きくなった時には、5万ヘクタールもの広さになり、多くの農場、作物、家屋が押し流されました。このため、地域に住む多くの人々は、生活のために牧畜や農業から湖での漁業に職業を変えなければなりませんでした。

湖が広がり、農場が流された

サンタ・フェ州南部のアーロン・カステリャノスは19世紀の終わりに作られた町です。現在、住民はわずか300人足らずですが、ラ・ピカサ潟湖が増水して、拡大する以前は、600人以上が住んでいました。ここは有名なアルゼンチン大草原「パンパス」の一部です。草原が果てしなく続くガウーチョの故郷であり、農村地帯です。

このあたりでは、これまで常に必要な量の雨が降っていました。1年間に800ミリから900ミリくらいです。しかし、ここ数年は1,000ミリから1,200ミリもの雨が降り、約1万ヘクタールだったラ・ピカサ潟湖は、2004年までに3倍の広さになりました。

1997年に湖が大きくなり始めた時、人々は一時的なものだと考えていました。この地域周辺では、一年の決まった時期に湖の面積が拡大することは自然な現象で、元の大きさに戻るのが常だったのです。この年もきっとそうだと思っていました。
しかし、ラ・ピカサ湖は小さくなるどころか、どんどん大きくなり、農場、家屋、作物を水浸しにしたのです。この地域の特徴だった牧畜や農業を、水が奪ってしまいました。

3万ヘクタールの広さになった湖を前に、住民は生計を立てるため、どうすべきか考えなくてはならなくなりました。そして、多くの人が、農業から湖での漁業に仕事を変えたのです。地主たちは土地の損失に対する補償を政府に訴えています。湖が元の大きさに戻るとは到底考えにくく、彼らが自分で土地を取り戻すことはおそらく出来ないからです。

湖に飲み込まれた国道。

農場にも水が迫ります。

通行止めになった道路。鉄道も水没しました。交通網への被害も甚大です。(C)WWF/Pikielny.

大草原を取り戻すために

私たちの住む町と、他の町とをつなぐ唯一の道は、国道7号線で、この道は、他の町の人々も利用していました。カステリャノスの町を通り、メンドーサ州へと続く国道7号線は、最後は隣国のチリへと至ります。しかし、この道路はいまだに浸水した状態で、一時的に迂回路を使用しなければなりません。
地域にはかつて、鉄道もありました。しかし、今はありません。約7年間、国道7号線も鉄道も浸水したままなのです。今、アーロン・カステリャノスを訪ねる人たちは、村に知り合いがいる人たちだけになっています。

排水対策を講じたことと、その後わずかに平年より雨量が少ない年があったおかげで、湖はかなり小さくなりました。しかし、湖がこのまま縮小し続けたとしても、浸水した土地を農地として回復させるためには、長い年月がかかるでしょう。

私たちは、二酸化炭素の排出量が削減され、各国政府が状況悪化を食い止めるために、対策を講じてくれることを期待しています。私たちは、自分たちの草原を取り戻したいのです。

WWFインターナショナル/ホームページ掲載日:2006年4月11日
Climate Witness: Osvaldo Bonino, Argentina

科学的根拠

クラウディオ・G・メネンデス博士(Dr Claudio G. Menendez)
アルゼンチン国家科学技術研究審議会(National Council of Research of Argentina)(CONICET)(アルゼンチン)

過去数10年の豪雨の増加や頻発する洪水などによる降水量の大きな変化は、アルゼンチン大草原の広い範囲で目撃されています。降雨量の増加は土地の利用法と作物の収穫高に打撃を与えています。ボニーノさんが述べたようにラ・ピカサ潟湖の場合、危機的な状況で、好転しそうにありません。
しかし、この降水量の増加傾向は、明らかに人間の影響であると研究者たちは報告しています。また、収穫高増加など、草原地帯に与える良い影響も報告されています。最新の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次評価報告書は、降水量の増加が、アルゼンチン国内の大豆、トウモロコシ、小麦、ヒマワリ(sunflower)、などの穀物生産高や牧草生産の増加の一因となっていると指摘しています。
ラ・ピカサ潟湖での証言は、地域的な降水量変化に関する詳しい文献とある程度一致しているようです。ボニーノさんは、これが人為的な気候変化であると示唆していますが、それはほぼ間違いありません。しかし、これまで数10年単位で変動してきた降雨量の変化が、洪水を引き起こす要因の一つであると考える必要もあります。

  • Haylock,M.R., and Co-authors, 2006: Trends in total and extreme South American rainfall 1960-2000 and links with sea surface temperature. J. Climate, 19, 1490-1512.
  • Magrin, G., C. Gay Garcia, D. Cruz Choque, J.C. Gimenez, A.R. Moreno, G.J. Nagy, C. Nobre and A. Villamizar, 2007: Latin America. Climate Change 2007: Impacts, Adaptation and Vulnerability. Contribution of Working Group II to the Fourth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change, M.L. Parry, O.F. Canziani, J.P. Palutikof, P.J. van der Linden and C.E. Hanson, Eds., Cambridge University Press, Cambridge, UK, 581-615.
  • Penalba, O.C. and W.M. Vargas, 2004: Interdecadal and interannual variations of annual and extreme precipitation over central-northeastern Argentina. Int. J. Climatol., 24, 1565-1580.

全ての記事は「温暖化の目撃者・科学的根拠諮問委員会」の科学者によって審査されています。

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