ホッキョクグマの生態と、迫る危機
2009/09/14
(2026年8月7日 更新)本記事は、IUCN種の保存委員会ホッキョクグマ専門家グループ(IUCN/SSC PBSG)やWWF Global ARCTIC PROGRAMMEのウェブサイトや報告書等に基づき、2026年時点の情報へ更新しています。
はじめに
ホッキョクグマ(学名:Ursus maritimus)は、北極圏の海氷を主な生息地とする大型哺乳類です。海氷の上でアザラシを捕らえて生活することから、「海のクマ」とも呼ばれます。しかし近年、気候変動による海氷の減少をはじめ、人間活動の拡大や環境汚染など、さまざまな脅威に直面しています。現在、ホッキョクグマの保全における最大の課題は、地球温暖化による海氷の喪失であると考えられています。
生息域と個体数
基本情報
学名:Ursus maritimus
分類:食肉目クマ科
分布:北極圏
体重:
オス:約350~650kg
メス:約150~350kg
寿命:最長で約30年、野生での平均寿命は15~18年
IUCNレッドリストの評価:VU 危急種
ホッキョクグマは北極圏の極北に生息しており、南極大陸には生息していません。ホッキョクグマは、カナダ、グリーンランド、ノルウェー領スバールバル諸島、ロシア、アメリカ合衆国アラスカ州で見られます。アイスランドにはホッキョクグマは生息していません。しかし、ごくまれに、グリーンランドからデンマーク海峡を泳いでアイスランドに渡った例があります。
ホッキョクグマは科学者にとって研究が非常に難しい動物です。ホッキョクグマの生息地へのアクセスは費用がかさみ、広大で人里離れた北極圏でホッキョクグマを追跡するなど、物流面でも困難を伴います。1960年代から1970年代にかけて、科学者たちは調査、捕獲と放逐、地域住民の知識などを用いてホッキョクグマの個体数を推定していました。1980年代以降、科学者たちはこれらの方法に加えて衛星追跡や遺伝子データを活用し、ホッキョクグマの個体数推定をより正確に行えるようになりました。しかし、一部の地域個体群における推定値は依然として欠落しているか、古くなっているか、または大きな不確実性を伴っています。
ホッキョクグマの個体数は、1973年に設立されたIUCNホッキョクグマ専門家グループ(PBSG)により推定されています。最新のホッキョクグマ状況報告書は、2024年10月に発表されました。
この発表によると、世界全体の個体数に関する最新の推定値は、26,000頭(95%信頼区間:22,000~31,000頭)です。

極寒の北極圏。ホッキョクグマは、その過酷な自然環境に適応してきました。ホッキョクグマたちのくらしは、北極圏の特殊な自然のサイクルと、深いかかわりをもっています。
海氷に依存するくらし
ホッキョクグマは地上で生活する肉食動物としては最大級ですが、その生活の大部分を海氷の上で過ごしています。泳ぎが得意で、数十キロから時には100キロを超える距離を遊泳することもあります。
成長したホッキョクグマは主に捕らえた獲物の脂肪を食べますが、これは体に厚い皮下脂肪を貯え、厳しい寒さを耐えるため。特に、体脂肪の多いワモンアザラシの赤ちゃんは大事な栄養源で、アザラシの繁殖期である4月の終わりから7月半ばまでは、ホッキョクグマにとって、貴重な狩りのシーズンとなります。
氷上で休息する獲物をみつけると、ホッキョクグマはそっと海へ潜ります。そして、氷の縁などから獲物に近づいて相手を仕留めるのが得意な方法。アザラシの他にはセイウチやシロイルカ、魚や水鳥、そしてその卵なども捕食します。
夏、大陸沿岸の氷が解けはじめると流氷が多くなり、安定した定着氷域は狭まります。このため、ホッキョクグマは再び海が凍結する秋が来るまで、北極海沿岸部の陸地で暮らさなくてはなりませんが、この間、食料が少なくなるため断食のような状態が続きます。その期間はおよそ3~4ヵ月。妊娠中のメスは秋に巣ごもりして出産し、翌春まで外に出ないので、絶食が最長8ヵ月にも及ぶ場合があります。
この季節を乗り越えるために、ホッキョクグマは新陳代謝を低く押さえて体力を温存し、春の間にできるだけ多くの脂肪をとっておく必要があるのです。

繁殖
9月から10月頃、妊娠したホッキョクグマは深く降り積もった雪、もしくは氷や凍土を掘って出産のための巣を作り、出産に備えます。生まれる仔グマはたいていの場合2匹。その重さと大きさは親の体格からすると驚くばかりに小さく、たった600gほどしかありません。仔グマたちは翌年の春、外の厳しい環境に耐えられる大きさ(10kg前後)に育ってから、母親の後について初めて巣の外に出てくるのです。
母グマが子育てにかける期間は約2年半と言われます。この間に母グマが新たに妊娠することはないため、一度仔を産んだメスのホッキョクグマは次に妊娠するまで最低でも3年ほど期間が空くことになります。また、生まれた仔グマが繁殖可能になるまでには5~6年は必要ですので、もし何らかの原因で個体数が激減するようなことが起きれば、回復には長い期間を要するおそれがあります。
海氷は単なる移動場所ではなく、狩り、休息、交尾、移動など、生活のほぼすべてを支える基盤となっています。ホッキョクグマはまさに、その暮らしを海氷に全面的に依存する動物なのです。

ホッキョクグマに対する主な脅威
1.気候変動による海氷の減少
IUCNホッキョクグマ専門家グループ(PBSG)は、ホッキョクグマが直面する最大の脅威は、気候変動による海氷の減少と位置づけています。
ホッキョクグマは海氷の上でアザラシを狩り、移動し、子育てを行うため、海氷は生きていくうえで欠かせない「生活の場」です。
近年、北極では気温上昇や降雪パターンの変化が進み、海氷環境が大きく変化しています。その結果、ホッキョクグマは獲物となるアザラシを十分に捕まえられなくなり、栄養状態の悪化や繁殖率の低下、仔グマの生存率低下が懸念されています。
また、海氷が解ける時期が早まり、再び凍る時期が遅くなることで、ホッキョクグマは陸上で長期間過ごさざるを得なくなります。その間は体に蓄えた脂肪を消費して生き延びるため、こうした期間が長くなるほど生存への負担が大きくなります。
さらに、海氷の減少は仔グマにも深刻な影響を与えます。氷の隙間が広がることで長距離を泳ぐ必要が生じ、体力のない仔グマの死亡リスクが高まります。また、出産や子育てに利用する雪の巣穴が、暖冬や異常降雨によって損なわれる恐れもあります。
ホッキョクグマは北極生態系の頂点に立つ重要な存在です。そのため、ホッキョクグマの減少は一種の問題にとどまらず、北極全体の生態系の変化を示す警鐘でもあります。PBSGは、気候変動による生息環境の変化が、ホッキョクグマをはじめとする海氷に依存する野生生物に深刻な影響を及ぼしていると指摘しています。

2. 人間活動の拡大
海運、観光、資源開発、石油・ガス開発など、人間活動は北極圏でも拡大しています。こうした活動はホッキョクグマの重要な生息地を分断・劣化させるだけでなく、騒音や交通量の増加による攪乱も引き起こします。また、石油流出事故などが発生した場合、脆弱な北極生態系に深刻な影響を与える可能性があります。
3. 捕獲の影響
ホッキョクグマは一部地域で先住民による伝統的な狩猟や管理下での捕獲が行われています。多くの地域では持続可能な管理が進められていますが、個体数データが不足している地域では、捕獲の影響を正確に把握することが難しい場合があります。現状、密猟はホッキョクグマの種の存続にとって大きな脅威とは考えられていませんが、近年、ホッキョクグマの個体群管理に必要な情報が不完全という認識に基づき、ホッキョクグマの狩猟管理はより保守的な管理へ移行し始めています。
4. 汚染物質
ホッキョクグマは北極の食物連鎖の頂点に位置するため、環境中の有害化学物質を体内に蓄積しやすい特徴があります。過去に工業用途や農薬として使用された有機塩素系化合物などは、遠く離れた地域から北極まで運ばれ、野生生物に影響を及ぼしています。こうした汚染物質は免疫機能やホルモンバランス、生殖機能などに影響を与える可能性が指摘されています。
5. 人とホッキョクグマの衝突
海氷の減少により、ホッキョクグマがより長い期間陸上で過ごすようになると、人が暮らす地域や活動エリアに接近する機会が増えます。その結果、食料の探索や安全確保をめぐって人とホッキョクグマの衝突が発生しやすくなります。こうした軋轢は住民の安全だけでなく、問題個体の駆除などにつながることもあり、ホッキョクグマ保全上の重要な課題となっています。

WWFの活動
ホッキョクグマを守るためには、氷の海だけでなく、その食料になるアザラシや他の生きものも守らなくてはなりません。極北の野生を脅かす問題は、きわめて深刻になりつつあります。
私たちがホッキョクグマを守ることは、北極圏の自然そのものを保全することにつながります。そして、そのことは、遠くはなれた場所の自然を守り、地球全体の自然を守ることでもあります。
WWFは、1992年に「WWFグローバル・アークティック・プログラム」を設立しました。これは北極地域に特化した国際的な保全プログラムで、北極の自然とそこに暮らす人々を守るため、各国のWWFネットワークや地域パートナーと連携しながら、スウェーデンを拠点に活動を展開しています。
ホッキョクグマに関しては、「生息地の保護」「科学的知見の強化」「人とホッキョクグマの共存支援」を柱に保全活動を行っています。
1. 生息地の保全
- 石油・ガス開発などの産業活動や気候変動の影響から、ホッキョクグマにとって重要な生息地を守る取り組みを進めています。
- ホッキョクグマとその主要な獲物であるアザラシが利用する重要なエリアをつなぐ保護区ネットワークの構築を提唱しています。
- 将来最も長く海氷が残ると考えられる「Last Ice Area(最後の氷の海域)」を、ホッキョクグマの生息地として恒久的に保護するよう働きかけています。
2. 科学的知見の向上
- 研究機関や専門家と協力し、遺伝学的手法や衛星追跡などの新しい研究ツールを開発し、個体群の状況や気候変動への適応を把握しています。
- ホッキョクグマの保全責任を担う5か国の取り組み状況を評価する「Polar Bear Scorecard」を公表するなど、各国政府に対して責任ある行動を促しています
- 先住民族や地域コミュニティ、研究者と連携し、生息状況や生息地に関するデータ収集を支援しています。
3. 人とホッキョクグマの共存を目指す
- 地域主導のパトロール活動を支援し、発煙筒や音などで人里に近づいたホッキョクグマを安全に遠ざけるプログラムを実施しています。
- ホッキョクグマが食料のにおいに引き寄せられて集落へ引き寄せられないよう、対クマ仕様の食料保管設備の導入などを支援しています。
- 北極圏の地域社会同士の情報共有や交流を促進し、地域レベルで人身被害やクマとの衝突を減らす取り組みを進めています。

北極の未来を守るために
ホッキョクグマは北極の食物連鎖の頂点に立つ存在であり、その健康状態は北極生態系全体の健全性を示す重要な指標とされています。WWFは、生息地の保全、科学的研究の推進、そして地域社会との協働を通じて、ホッキョクグマが将来にわたって北極で生き続けられる環境づくりを進めています。
REFERENCES/LINKS
• IUCN Red List:Polar Bear
• IUCN/SSC Polar Bear Specialist Group
• Status Report on the World’s Polar Bear Subpopulations IUCN/SSC Polar Bear Specialist Group October 2024
• WWF Global ARCTIC PROGRAMME
• A WWF Status Report "Polar Bears at Risk" (2002)



