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登山家・田部井淳子氏とWWFジャパン徳川会長が被災地応援で対談

2011年9月4日の福島民友新聞に、福島出身の登山家・田部井淳子さんと、WWFジャパン会長・徳川恒孝の対談が掲載されました。テーマは、被災地・福島の復興への願い。そして、原子力に頼らない、未来のエネルギーのあり方についてです。それぞれが福島にゆかりのある両名。これからの日本の姿を問い、復興に向けたエールを送る対談となりました(7月28日にWWFジャパン事務局にて収録)。

福島民友新聞 2011年9月4日掲載

被災地応援で対談 田部井淳子氏 × 徳川恒孝氏

東日本大震災で地震、津波、原発事故の被害 を受けている福島県を応援しようと、本県にゆかりのある2人が対談した。1人は世界最高峰のエベレストに女性として世界で初めて登頂に成功した三春町出身の登山家、田部井淳子氏。 もう1人は会津松平家に生まれ、徳川宗家18代 当主の徳川恒孝氏。徳川氏はWWF(公益財団法人世界自然保護基金)ジャパン会長も務める。 2人は福島とのかかわり、復興支援、エネルギー問題などを語り合い、最後に福島の一日も早い復興を願いエールを送った。

福島と私

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徳川恒孝氏(とくがわ・つねなり)
WWFジャパン会長、
徳川宗家18代当主

徳川 田部井さんは三春町出身で、日本を代表される登山家としてご活躍されていますが、原点はどこにあるのでしょうか。

田部井 小学4年生のときに山の好きな担任の先生が、山へ連れて行ってくれたのが登山の原点となりました。初めての山は栃木県の茶臼岳でした。火山の山で草も木もなかったのに驚いたのを今でも覚えています。三春は畑や森があり緑の山ばかりでしたので、山はてっきり緑と思っていたからです。このとき教科書では学べない多くのことを学びました。
例えば、川には水が流れていると思っていましたが火山近くの川にはお湯が流れ、山頂は夏でも寒いことなどです。好奇心を持った最初の出来事でもあります。今の私があるのも、先生との出会いがあったからといえるでしょう。
徳川さんは福島とはどのような縁があるのでしょう。

徳川 会津松平家に生まれました。松平家は明治維新以降から東京に移りましたので、私は東京で生まれ育ちました。幼かった昭和20年代、松平家で働いていた方々は、みなさん会津出身でしたから、家の中は会津弁が飛び交っていました。東京にいながら会津の文化や習慣、言葉遣いなどが知らず知らずのうちに体に染み込んでいたと思います。会津を訪れて会津弁を耳にすると、とても懐かしく感じるのはそのせいでしょう。食べ物も会津のものが世界で一番おいしいと教えられて育ちました。今でもそう思います。

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田部井淳子氏(たべい・じゅんこ)
三春町出身、登山家

一日も早い福島の復興を願う

支援活動

徳川 東日本大震災では今も多くの方が避難生活を余儀なくされています。田部井さんは、避難所生活を送る被災者を対象にトレッキングを企画したと聞いています。

田部井 震災間もなくは寝袋や毛布、手袋、歯ブラシなどの物資を避難所へ送っていました。2ヶ月が過ぎたころ「何もすることがないのがつらい」という被災者の声を聞き、被災者とのトレッキングを提案しました。はじめは会津若松市の芦ノ牧温泉に避難してい る方と裏磐梯の五色沼へ。次は福島市の土湯温泉に避難している方と鬼面山に登りました。参加した人の表情はみな明るくなり、楽しそうな笑い声も生まれるようになりました。避難生活がいかに大変かを感じました。 

徳川 田部井さんの被災者を思う気持ちが行動となって表れたわけですね。WWFジャパンは、震災直後から4月までは緊急支援を行いました。被災者の生活支援として義援金を集め、これまでの自然保護活動でつながりのあった被災地の団体に届けました。福島県では、相馬双葉漁協、三春町商工会、飯舘村のNPO法人エコロジー・アーキス ケープ、相馬市のはぜっ子倶楽部などです。5月からは「暮らしと自然の復興プロジェクト」として、被災状況を調査し、環境に配慮した復興に向けた支援活動を進めています。

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被災した福島県相馬の港

自然エネルギー100% の社会へ

エネルギー

徳川 今回の地震では太平洋側の発電所が被害を受け、国や電力会社は節電を呼びかけています。また福島第1原発では放射能漏れで県民生活に被害をもたらしています。

田部井 3月11日を境に大きく考えが変わりました。国や電力会社はこれまで「原発は安全だ」と説明してきました。しかし、今回の事故で絶対に安全ということはありえないと分かりました。事故が起きたとき、私たちの安全を確保できないものはつくってはいけない、と考えるようになりました。

徳川 WWFは自然エネルギー100%に向けた社会づくりを目指しています。今年2月、WWFは、 世界のエネルギー需要が2050年までに自然エネルギーで100%賄うことが 経済的にも、技術的にも可能とするリポートを公表 (※1)しました。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)も2050年時点で世界のエネルギー需要の77%を自然エネルギーで賄うことができると報告しています。決して絵空事ではありません。

田部井 5月にアイスランドの最高峰登頂に行きました。そこでアイスランドが自然エネルギーの先進国である事実を知りました。アイスランドは火山国で、 日本の発電技術を取り入れ地熱発電で資源を有効活用 していました。日本は技術がありながら、なぜ地熱を利用しないのかと疑問を感じました。

徳川 アイスランドは、 火力発電や原子力発電に依存せず、氷河による水力発電と地熱発電でエネルギーを賄っています。日本は世界3位の地熱資源保有量がありながら、全く有効に活用していません。

田部井 自然エネルギー100%の普及に向けて、 署名活動を進めているようですね。

徳川 国内の人口の1%に当たる120万人を目標に署名活動(※2)を展開しています。この活動には、 日本の将来のエネルギーをどうしていくか、一人でも 多くの人に真剣に考えてもらいたいという願いが込められています。今までと同じ考えでエネルギーを使っていくと、温暖化が進み、エネルギー資源もなくなります。子どもたちの未来をどうするのか、20年先、40年先を見据えて、今から行動していくことが必要です。

田部井 地球温暖化問題を考えると、いつまでも石油や石炭などの化石燃料に頼っていることはできません。自然エネルギーの利用を本気で考えていかなければなりません。

福島へエール

徳川 福島では、ふるさとを離れて避難生活をする人が多いと聞きます。

田部井 福島は地震、津波、原発事故、風評被害と精神的、肉体的、また経済的に大変な状況にあります。復興も進んでいません。 今、私たちにできることは、 福島に行き、泊まり、地元の食材を食べ、お土産を買うこと。一つ一つが県民支援につながります。先日「東北応援プロジェクト」を発足させました。東北の山へ行って被災地の復興を応援しようという試みです。多くの人に東北の良さ、とりわけ福島の素晴らしさを伝えていきたいと思います。

そして、福島を離れた人が、誇りを持ってふるさと福島に帰ることができるように、私たちも応援していきます。

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徳川 今回の大震災で福島県は多くの尊い命を失い、産業も計り知れないほど大きな被害を受けましたが、そのことの日本全体に与えた影響の大きさは、逆に言えばいかに福島の持っている力が大きいかを日本中の人々に認識させたことになります。豊かな自然を守りつつ、新しい形の産業を推し進めることで、更に日本をリードする県になれると確信しています。

  • ※1 WWFが世界有数の気候・エネルギー関連のコンサルタント企業「エコフィス」に調査を委託、その結果を受けて公表した。エコフィスは、2050年に90億人を超えるとする国連の人口増加予測を基に既存の技術のみで自然エネルギーがどこまで普及できるかを調べた。その結果、2050年に自然エネルギー95%の実現が可能で、残りの5%は新たな技術開発が必要、と報告している。
  • ※2 WWFジャパンは、「自然エネルギー100%キャンペーン」を展開している。5月からエネルギー基本計画の改訂を求める120万人署名をスタート。原子力発電の段階的廃止、石油や石炭など地球温暖化につながる化石燃料に頼らない社会の実現、次世代電力システムの整備などを進め、自然エネルギー100%の社会を目指すことを、同基本計画に盛り込むよう政府に求めている。
プロフィール
田部井淳子氏
(たべいじゅんこ)
1939年三春町生まれ。
1975年、世界最高峰エベレストの登頂に成功。
1992年には7大陸最高峰登頂を達成。ともに女性では世界初。NPO法人日本ヒマラヤン・アドベンチャー・トラスト(HAT-J)代表、NPO法人日本トレッキング協会会長。
徳川恒孝氏
(とくがわつねなり)
1940年東京生まれ。
会津松平家に生まれ1963年、家督を継ぎ徳川宗家18代当主となる。日本郵船代表取締役副社長、米国郵船会長CEOなどを歴任。
2003年に公益財団法人徳川記念財団を設立、初代理事長に。
2008年からWWFジャパン会長。

 

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