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生物多様性条約 ABS問題について

生物多様性条約(CBD)の目的のひとつにABS「遺伝資源の利用から生じた利益の公正で衡平な配分」があります。このABSをめぐる議論は、条約発効から長年を経ても、根本的な解決をみない懸案の事項となっています。それは、もともと途上国にあった遺伝資源を、先進国企業が製品開発に利用し、利益を上げている事例が多いことから、利害が衝突しあって、折り合いがつかないためです。持続可能な社会を作るという視点から、この問題を決着させる必要性がありますが、2010年のCOP10で{名古屋議定書}が採択され、議論は進展しつつあります。 

ABSとは何か

 ABSはAccess to genetic resources and Benefit Sharing(遺伝資源の利用から生じた利益の公正で衡平な配分)の略称です。簡略化してABSと呼ばれています。
現代社会では、遺伝資源を利用して、医薬品や食料品、化粧品などが開発されています。これが商業的に成功すれば、大きな利益を上げることになります。CBDが成立する以前は、遺伝資源の持ち出しに関するルールがなく、また遺伝資源が存在する国や先住民に利益を還元する仕組みもありませんでした。

ABSとは、遺伝資源を持ち出す際のルールと、利益を公正かつ衡平に配分するための仕組みについての議論です。遺伝資源を利用して利益をあげているのは先進国の企業である場合が多く、厳格なルールの制定や大きな利益の還元にはあまり前向きとは言えません。一方、遺伝資源を保有する側には途上国が多く、利益の確実な配分を求めています。利益とはいっても、金銭的利益にとどまらず、技術の移転や途上国の研究員への教育の機会提供など、非金銭的なものも含まれます。 

生物多様性条約の成立以前と以降

生物多様性条約が成立する前は、天然資源に対する主権に決まりがなく、技術力のある国や企業が、ほかの国から持ち出すことに制約はありませんでした。しかし、1993年12月に発効した生物多様性条約の第15条で、「各国は自国の天然資源に対して主権的権利を有するものと認められ」と規定されたことから事情は変わりました。つまり、利用したい天然資源、遺伝資源が存在する国と合意した条件の下で、遺伝資源を取得(アクセス)するようになっていったのです。

生物多様性条約はまた、第8条(j)において、先住民と地域社会の伝統的知識を尊重し、利益配分することを求めています。これは、伝統的な薬草などが、先住民とその地域社会によって守り伝えてこられたことを意識したものです。この条項には、「国内法令に従い」という表現が盛り込まれていますので、先住民と地域社会に国の主権を超えた主張を保障するものではありませんが、伝統的知識とその保有者の権利意識を高めることにつながっています。

ABSの国内法

ブラジル、コスタリカといった中南米諸国やフィリピン、インドといった国々は1995年以降、ABSに関する国内法を整備していきました。今ではおよそ20カ国に国内法があると言われています。こうした国々の遺伝資源を利用する際には、その法令に沿って契約を結び、利用することになります。先進国ではノルウェーが国内法を制定していますが、日本は検討中です(2014年4月30日現在)。

ボン・ガイドライン

1998年の第4回締約国会議(CBD・COP4)で途上国から法的拘束力のある議定書の作成が提案され、作業が開始されました。そして、2002年のCOP6でボン・ガイドラインとして採択されました。このガイドラインは、PICと呼ばれる事前同意の仕組みや、MATと呼ばれる相互合意条件に関する一定の基準を明確にする意義がありました。(PIC=Prior Informed Consent, MAT= Mutually Agreed Terms)

ただし、任意のガイドラインでは、同意のない遺伝資源の持ち出しを防止し、確実で十分な利益配分を実現するには不足であるという声があがり、COP6からわずか5ヶ月後のヨハネスブルク・サミット(持続可能な開発に関する世界首脳会議)において、実効性のある国際的制度(IR=International Regime)の制定を目指した議論が始まりました。

難航する交渉

それ以来、数々の交渉が積み重ねられていますが、そもそも国際的制度(IR)に法的拘束力をもたせるのかどうかを巡って膠着状態が続くなど、交渉は難航しました。ドイツで開催されたCOP9において、COP10までに議論を終えるという工程表がようやくできあがりました。

しかし、関係国による合意にはなかなかたどり着かず、COP10をひかえた最後の交渉の場となるはずであった2010年3月、コロンビアでの第9回ABS作業部会も、「名古屋議定書案 (仮)」が示されたものの合意されずに、いったん閉会しました。議定書を採択するには、COPの6ヶ月前までに加盟国に提示しなくてはならない決まりがあるために、こうした異例の事態になったのです。その後、愛知県名古屋市でのCOP10で「名古屋議定書」は採択されましたが、そこに至るまで厳しく争われた議論のポイントは次の通りです。

議定書(案)のおもな議論のポイント

(2010年10月時点のものです)

各国の国内法の整備の問題

名古屋議定書(仮)が成立すると、第4条にしたがって利益配分することが、批准国の義務となります。今でもABSの国内法を制定している国に関しては、その法令を守って遺伝資源を利用しないといけませんが、議定書を批准した国は、議定書の発効にともない、国内法を整備することが求められます。また、その法制度に関して、分かりやすく情報提供する必要があります。
議定書自体は、利益配分の割合を定めるものではありません。それは、「公正で衡平な配分」を原則として、各国の国内法もしくは個々の契約で決められる事項です。

ABS国内法は国境をこえて効力を持つのか

通常、ある国の法律が、そのまま国外で適用されることは基本的にありません。それは主権国家の原則です。
ところが、議定書案の第12条は、X国のABS国内法に反して遺伝資源が持ち出されたケースがある場合、その違法行為に関して、該当国が行政上や法律上の措置を講じたり、協力したりすることを定めています。これは、X国の国内法違反が「国際違反」になるのかという法技術的な問題を惹起しています。国際違反とするためには、その条件を決める必要があります。

「派生物」の扱いの問題

例えば、ある薬草が遺伝資源であるとの合意は得られても、それをもとに研究開発した成果としての遺伝情報など、派生物をどこまでもともとの提供国の遺伝資源と見なすかについては議論が分かれています。

議定書案の第4条に派生物への言及があります。派生物については、議定書案の附属書IIに暫定的にリストアップされています。「組み換え(Modification)」「生合成(Biosynthesis)」「解析(Characterization)」などの例と、「あらゆるバイオテクノロジー上の応用(Any biotechnological application)」が示されています。

これに対しては、先進国の研究開発の産物である場合には、それは知的財産であるから、先進国の権利として保護すべきという主張があります。190を超える国が加盟する条約でありながら、米国が生物多様性条約加盟国となっていない大きな理由のひとつがここにあります。

ただし、条約の第16条5項に、知的財産権に関しては、各国の国内法や国際法に従うとあるので、議定書が無制限に適用されるわけではありません。この点も明確にする必要があります。

遡及適用の問題

通常、国際条約は発効したあとの行為に対して、適用されるのが原則です。それ以前のものについては問われないのが基本です。

ところが、途上国を中心に、生物多様性条約が発効する以前の遺伝資源についても、利益配分をおこなうべきであるという主張があります。これは、相当数の遺伝資源がすでに原産国から持ち出され、外国の機関(例えば「ジーンバンク」とよばれるところ)にあって、利益を生んでいる実態を踏まえています。こうした機関は、有用な遺伝子、種子、微生物などを保存しており、これらを国内外の研究機関等が活用して、農作物の品種改良や医薬品の開発などに役立てています。

途上国が遡及適用を求めているのは、1992年5月にナイロビ最終文書(Nairobi Final Act)がまとめられる際に生まれた認識に基づいています。つまり、決議3(resolutuion3)において、条約と適合しない形で、生息域外に収集されている遺伝資源(ex situ collection)を重視し(outstanding matter)、解決策を探る必要性が言及されているのです(UNEP/CBD/COP/3/15/Add.1より)。生物多様性条約発効以前に収集された、こうした遺伝資源は生物多様性条約第15条の対象にはなっていませんが、途上国の念頭には今もあるのです。その一部に関しては、FAOのもとで2001年に採択されたITPGR(食料農業植物遺伝資源条約)で扱われています。これにより、35作物29牧草種について、利益配分の多国間システムが規定されています(日本は未締結)。これ以外の遺伝資源に関する利益配分が論争になっています。

WTO-TRIPsやWIPOとの整合性

知的財産という視点からは、ITPGR以外にも、WTOのTRIPs協定(知的財産権の貿易関連の側面に関する協定)やWIPO(世界知的財産権機関)といった国際協定や国際機関とも関連があり、整合性をとらなくてはなりません(以上は2010年10月までの議論のポイント)。

 

 ここに取り上げた以外にも、関係国が合意しない点や法律上の問題点は数多くありましたが、名古屋議定書は2010年10月の終わりにCOP10で採択されました。

ただ、ABSが生物多様性条約の目的のひとつにあげられている原点に立ち返って、利益の公正で衡平な還元と技術移転、キャパシティビルディングを図ることは、地球全体の持続可能性という観点から大切なことです。
特に途上国にある生物多様性の豊かな地域を守るには、それにふさわしい技術や資金が求められます。それが失われることは、先進国にとっても損失となります。

利用国と提供国の間で、条件に合意して遺伝資源が利用される例はすでに生まれています。世界的規模で生物多様性の保全を図っていくためにも、これを条約加盟国全体に広げ、ABSに関する議定書を運用する段階にきていると言えるでしょう。

注: この内容は上智大学大学院教授磯崎博司先生のお話を参考にしています。 

 

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