象牙問題とワシントン条約CoP18 日本政府の対応、そして今日本に必要なこと
2019/08/21
- 【第1回】シリーズ「象牙問題とワシントン条約CoP18」
- 【第2回】アフリカゾウ生息国の苦悩:象牙取引の再開を望む国
- 【第3回】アフリカゾウ生息国の苦悩:厳しい取引規制を望む国
- 【第4回】象牙の消費国で進む政策
- 【第5回】日本の象牙の国内市場と「決議10.10」
- 【第6回】日本政府の対応、そして今日本に必要なこと
- 【第7回】(補足)議論を終えて
日本の国内市場に対する疑問の声
過度な取引から絶滅のおそれのある野生生物を守る国際条約「ワシントン条約」。
2019年8月17日からスイスのジュネーブで始まっています。その第18回目の締約国会議(CITES-CoP18)では、象牙の問題も大きなテーマの一つとなる見込みです。
今回の会議では、西部アフリカ諸国を中心とした、ブルキナファソ、コートジボワール、エチオピア、ガボン、リベリア、ニジェール、ナイジェリア、ケニアとシリアから、ある提案が出されています。
それは、「密猟や違法取引への関与」に関わらず、すべての国内象牙市場の閉鎖を求める内容の提案です。
さらに、この提案にあたり同諸国は、いまだに象牙の国内市場を有し、違法取引の実態があるにもかかわらず、抜本的な対策を行なっていない日本に対し、「国内取引規制が不十分であり、早急に国内取引を停止すべきである」という、名指しの指摘を行なっています。
この提案が、決議されるかどうかは、どれくらい賛同する国を集められるかで決まるため、会議が終わってみなければわかりませんが、アフリカゾウの密猟に苦しむ国や、観光産業を国の柱として、サファリの目玉であるゾウを守りたい国の立場の違いは、ここ数回の締約国会議でも明らかに色濃くなりつつあります。
実は、このCITES-CoP18に先立って、他の海外の国々からも、同様の指摘と要望が、日本に対し寄せられていました。
まず、2020年オリンピックの開催地である東京都に対して、アメリカのニューヨーク市長が東京都知事宛てに「東京オリンピック・パラリンピックまでに、象牙売買の禁止に取り組むように」という内容の書簡が届けられました。
さらに、アフリカゾウの生息国28カ国を含む、アフリカの32カ国からも、日本の外務省、環境省、経済産業省に対して「東京オリンピック・パラリンピックに向けた取り組みとして、国際的なアフリカゾウ保全への貢献を推進し「国内の象牙市場閉鎖」するように」呼び掛ける書簡が送付されています。
世界中が注目するスポーツの祭典である東京オリンピック・パラリンピック大会については、近年、会期にあたっての環境配慮についても注目されています。そのテーマの一つとして、象牙取引についても日本の姿勢が問われているといえるでしょう。
「決議10.10」をめぐる日本政府の見解と対応
こうした国際的な注目の中で、日本の国会でも、日本の象牙取引に関する政策の見直しを促すような声が上がり始めています。
まず2019年5月10日、衆議院環境委員会にて、自由民主党の笹川博義議員より国際社会で進む認識や政策と照らしながら、この象牙の問題を「日本として」どうしていくのか、ステップを明確にしたロードマップを示すべきではないか、との意見が述べられました。
与党の内部から、政府に対して、この問題への対応の不十分さを指摘しつつ、対応の必要性を説いた意見といえます。
さらに、国会の場でも、国会議員からこの件についての質問が、政府に対して行なわれました。
その一つが、立憲民主党の早稲田夕季衆議院議員より提出された質問主意書です。
「質問主意書」とは、国会議員が内閣に対し文書で質問をする、国会法の規定に基づいて交わされる公式な文書で、内閣はその質問内容に対する答弁を、閣議決定の上、回答する義務を負っています。
つまりその内容は、そのまま政府の見解や認識に相当することになります。
2019年6月、早稲田議員は提出した質問主意書の中で、「日本から違法に持ち出された象牙が、中国で押収されている事例」について指摘。ワシントン条約の「決議10.10」で言及される「違法取引」にあたるのではないか、という質問を行ないました。
早稲田議員より提出された質問・再質問主意書
http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/198254.htm
これに対し、政府は回答=答弁の中で、日本からの違法な象牙の輸出記録として、2011年以降、現在までの間に、押収(水際で差し止められた)象牙が757個、合計約131kgあったことを確認。しかし、こうした押収の実績は、むしろ税関での水際対策が機能していることを示すもので、あくまで日本では「国内象牙市場は厳格に管理されていることから、“違法輸出に寄与している合法的な国内象牙市場”には当たらない」と述べました。
この答弁で注目すべき内容は、日本側で差し止めることができた事例があったものの、一方でどれくらいの象牙が違法に日本から持ち出され、中国に持ち込まれているか、それを把握できていないまま、「水際対策が機能している」とし「国内象牙市場は厳格に管理されている」と言及している点です。
確かに、象牙の国内市場を有する国、といっても、それぞれ国には異なった事情があり、一律に進めることばかりが良いとは限らず、他国の政策と全く同様の内容が適しているとも限りません。
しかし、だからこそ日本には、国際的な立場と責任を意識した、積極的な対応を取ることが求められています。日本には現状、他国にはない大量の象牙の在庫があります。
象牙を長年利用し、過去に特別に輸入したものを含めた大量の在庫を抱える国としての責任を果たす義務がある、ということです。
さらに現在「特別国際種事業者」として登録されている、象牙を取り扱うことのできる事業者の数は16,000以上。
この事業者と、国内に残る在庫の象牙を、どう管理し、取引の現状を把握していくのか。政府が指針を示し導いていかなければ、国内の象牙の違法な流出は今後も続き、中国などでの闇取引や需要の拡大に寄与してしまう可能性があります。
それは、新たなアフリカゾウの密猟と、違法取引の拡大にもつながる問題です。
日本に求められていること
ワシントン条約の「決議10.10」は、「密猟」と「違法取引」のどちらかに関与するような国内市場を「閉鎖すべき」対象としていますが、どの国がこれに該当するか、どの市場が関与しているのか、といった点については、特定していません。
そのため、日本政府が国会で行なったような主観的な主張であっても、それを否定できる基準は無いのが現状です。
しかし実際には、日本から違法に輸出された象牙が一定数確認されていること。
また、個人による、透明性に欠けた象牙の取引が、インターネットを通じて盛んに行なわれていることは、WWFなどの調査でも明らかであり、国としても対策が求められるところです。
2016年、河北省石家荘税関が押収した、日本から輸出された象牙製品。合計1,639点(101.4kg)
そうした状況を国内に抱える一方で、国際的には「決議10.10」をふまえ、欧米諸国や中国が厳しい規制や自国内の象牙市場の閉鎖に踏み切る中で、現状の日本の対策と政策の改善が遅れていることは否めません。
WWFジャパンでは、2018年1月、国内の象牙取引の停止に向けた政策を進めるように日本政府に対して要望書を提出。
5月にも改めて、「厳格に管理されている」と主張する政府に対し、日本の国内の象牙市場の評価を見直すように求めました。
そこでWWFが訴えたのは、日本が「決議10.10」で勧告されている「違法取引に関与する国内市場」を「有している」ことを認めること。そして、長期的なビジョンを持ち、目標や明確な期限を伴った、象牙取引の停止に向けた政策を策定することです。
日本政府は、持続可能な利用を推進し、国際取引再開を望む国の期待に応えることも重要だと主張しています。これは確かにワシントン条約が掲げる、大切な理念の一つでもあります。
しかし、現状で違法輸出に繋がる国内市場を有したままでは、いくらそれを主張しようとも、説得力はありません。また、国際的な期待にも応えることができないはずです。
そんな中、日本が抱える課題のひとつである、インターネットを介した象牙の取引を筆頭に、業界ベースで積極的な取り組みが始まっています。
たとえば、楽天株式会社や株式会社メルカリは、自社プラットフォーム内での象牙の取引を禁止する方針を自主的に策定。チェック対策も行なっているほか、実店舗についても、ショッピンモールチェーン大手の株式会社イトーヨーカ堂とイオンモール株式会社が、それぞれ入店するテナントでの象牙の取り扱いをやめるよう通知するなど、企業側で先行した取り組みが進んでいます。
これらを政策面からバックアップし、国として取り組むことの重要性と必要性を明確に理解した上で、国内での象牙取引の停止に取り組む決断をすることが今、日本の政府にも求められています。
2019年8月、スイス・ジュネーブで開催されるワシントン条約第18回締約国会議において、象牙をめぐりどのような議論が展開されるのか。
日本政府がどのような姿勢で望むのか、注目されます。
(補足)議論を終えて