ツキノワグマの大量出没への対応を!政府と環境省に要望


全国各地での出没が報道されているツキノワグマの問題。環境省の発表では、2010年中、これまでに全国で捕殺されたツキノワグマは2,000頭あまり。前回大量出没のあった2006年度以来の頭数となっています。この事態を受け、WWFジャパンと日本クマネットワークは、政府と関係省庁に対し、対応を求める要望を行ないました。

クマの出没問題についての要望

WWFジャパンと、日本のクマの調査・保護に取り組む日本クマネットワーク(JBN)は、2010年10月28日、内閣総理大臣および、環境大臣、農林水産大臣に対し、現在国内各地で起きているツキノワグマの出没問題についての要望を提出しました。

この要望書を携え、WWFの担当者と、日本クマネットワーク代表の山崎晃司さんが、内閣府および環境省、林野庁を訪問。

関係部署の責任者らと、それぞれ1時間近く会談を実施し、現在起きている事態について把握している内容や、対応として求められる点を話し合いました。

この中で、環境省は、「鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律(鳥獣保護法)」に基づき国が定めている「鳥獣の保護を図るための事業を実施するための基本的な指針」の見直し(2011年に予定)の中で対応する考えを、また林野庁は、現在検討している森林保全に関連した計画を通じて対応したい考えを、それぞれ示しました。

これは、今後に向けた新たな取り組みの可能性を示すものですが、どちらも、今起きている問題にすぐに対応するものではありません。

日本では、2004年と2006年にも、ツキノワグマの大量出没が起き、2004年は約2,300頭、また2006年には約4,600頭のクマが捕殺されましたが、環境省では予算と人員も限られており、過去の教訓が十分活かされているとは言い難い状況です。

クマの行動と人の線引き

そもそも、山野を移動して生きるクマは、一日で20~30キロも移動することがあるといいます。

このような動物との共存を考えるときには、必ずいくつもの県や市町村を含めた形で、対策を考えなくてはなりません。

しかし日本では、1999年の地方分権以来、ツキノワグマの保護管理が国から都道府県に委譲され、さらに現場での捕殺の判断も、その下の市町村にほぼ任されているのが現状です。到底クマの生態や行動に見合った保全ができる体制にはなっていません。

このように、日本が国として、このクマという野生動物と、どう向き合うのか、その明確な方針や対応策が、全国の地域に徹底されていないことが、クマの捕殺の増加を呼ぶ、大きな原因の一つになっています。

WWFと日本クマネットワークでは、このままでは再び2004年、2006年、2010年の、クマの大量捕殺が近い将来に再び繰り返されることを強調。

国が方針として、各地方の自治体と連携した、広域での管理体制づくりに取り組み、また、全国規模の長期的なツキノワグマにの調査を継続して、信頼のおける情報を環境省に集約し、大量出没を減らす対応策に着手できるようにするよう訴えました。

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中東から東アジアにかけて広がる分布域を持つツキノワグマ(アジアクロクマ)

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ツキノワグマが生息する森。ドングリのなるミズナラをはじめ、食物となる多様な植物が生育する(南アルプス)

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ツキノワグマの糞。食べたさまざまな植物の種子が含まれている。クマは、森の生態系の中で、これらの種子を、離れた場所に散布する役割を担っている

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四国でのツキノワグマ調査。全国のデータの継続的な収集は大きな課題です。

ツキノワグマは絶滅する?

今、国内では、日本中でツキノワグマが増えているかのような報道が目立っていますが、これは特定の地域でのクマの頻繁な出没の情報が、過剰に取り上げられていることに、一つの原因があります。

また、クマがもうすぐにも絶滅する、という意見も一部では聞かれますが、確かに四国や紀伊半島のように、絶滅の危険性が高い地域がある一方で、クマが多く生息している地域や、出没の頻度が特に例年と変わらない地域があることも、日本クマネットワークは明らかにしています。

危機的な地域とそうでない地域を一緒くたにして、単純に「駆除か保護か」を二者択一で選ぶだけでは、それぞれの現場で必要な対応を導くことはできないでしょう。

捕殺では無論、問題は解決しません。捕獲されたクマはもちろん、可能な限り殺さずに奥山へ戻すべきです。しかし、そうした対策だけでも、問題は解決しないのです。

奥山にクマが生きられる環境がどれだけあるのか。地域にはクマがどれくらいいて、どのような行動をしているのか。そうした調査や注意深いモニタリングもせずに駆除や保護を行なっても、大量出没の問題は、また数年の後に、繰り返されることになるからです。

クマは日本の自然のシンボル

ツキノワグマの問題は、一つの種が絶滅するかしないか、という視点だけで考えるのではなく、日本の生物多様性をどうやって守ってゆくか、という課題として考え、取り組んでゆかなければ、クマが人と衝突し、農林業に被害をもたらす問題は、解決できません。

実際、野生のクマが生きる森の多くは、自然が豊かな素晴らしい森です。クマの存在は、生物多様性の豊かさの証であり、これを守ることは、日本の生態系を健全なかたちで保全することに他なりません。
それは、現在名古屋で開かれている生物多様性条約の締約国会議(CBD・COP10)のテーマにも、深く通じるものです。

日本クマネットワークの山崎さんはこう言っています。
「1万頭以上のツキノワグマが生息している国は、ほぼ日本しかありません。先進国で、このような大型の哺乳動物が、これだけ生息している国は他にはない。これは素晴らしいことです」。

10月も終わりにさしかかり、報道自体は減っていますが、現在もクマの出没自体が無くなっているわけではありません。このようなクマと人間の衝突は、双方にとって不幸なことであり、何としても食い止めねばなりません。

クマの捕殺が続く一方で、中国山地などをはじめとして、自治体間の壁を越えた保護計画が策定されたり、地道な保護の努力が実践されている地域も、国内にはあります。

WWFでは今回の要望を通して、こうした取り組みと経験を国が積極的に支援・活用し、ツキノワグマを含めた野生動物が、人と共存できることを指してゆきます。

また、日本クマネットワークによる行政や教育関係者を対象とした普及の取り組みや、特に絶滅のおそれが高い四国のクマの個体群の保護活動を、支援してゆきたいと考えています。

 

要望書 2010年10月28日

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