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こんにちは、自然保護室の岡安です。
皆さんにお寄せいただいたWWFの「東日本大震災緊急支援金」の一部を被災地にお届けするため、4月の20日、21日と、宮城県の南三陸町戸倉地区へ行ってきました。
戸倉中学校の先生が私の友人のお姉さんで、現地の詳しい被災状況やご要望をお伝えいただけたおかげで、今回の支援先に選ばせていただきました。
南三陸町は、特に津波の被害がひどかった地域の一つです。現地ではいまだに被害の全容が把握されておらず、ときどき更新されるヤフーなどの情報で、行方不明者数が一気に600人以上も増えるのが、すべて南三陸町のケースだったりしています。
今回は、被災地にご迷惑をかけずに済むように、キャンピングカーをレンタルして出かけました。陸前高田、気仙沼と、途中通った沿岸部の惨状を目にしてから戸倉地区に入りましたが、その被害の甚大さには立ち尽くしてしまいました。
海際の小学校では、4階建ての校舎の屋上の給水タンクの上まで津波が洗いました。避難場所に指定されていた15mも上の高台にある中学校でさえ、川を伝って駆け上った津波が、山側の峠を越えて背後から襲い、校庭に避難していた近所の皆さんや、1階に残っていた関係者を流し去ってしまったそうです。
今回、支援金をお届けした戸倉中学校では、少し内陸部の登米市にある廃校になった小学校の校舎を借りて、5月のゴールデンウィーク明けから授業を再開しようとしています。
ご自身も被災されている先生方は、通学も大変な生徒の皆さんたちを案じ続け、早く学校を再開することで、少しでも心の傷を癒してあげたいと、夜遅くまで再開に向けて調整をされていました。
実際に開校すれば、細かな経費が日々必要になる、そんなときに大変助かります、とのお言葉を校長先生からいただき、学校を後にしました。
途中で結構大きな余震があったり、あちこち橋がなかったりと、昔アフリカでさんざんサバイバルを経験した身にもコタえる旅でしたが、避難生活に比べれば… 被災地の皆さまが一日も早く平和な暮らしが送れますように、心からお祈りしています。

津波で破壊された堤防(中央)と、南三陸沿岸の被災地。建物の4階まで波が押し寄せたそうです。

地震の時刻に止まった中学校の時計。

戸倉中学校の校長先生、学校再開に向けて尽力されています。
カテゴリー:
震災関連
日時:2011年4月28日