目撃者の証言:民族の伝統は引き継げるか


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ヨーロッパ(ノルウェー):オラヴ・マティス・エイラさん

ノルウェー北部の少数民族サーミ人であるオラヴ・マティス・エイラさんは、先祖代々トナカイの放牧で生計を立ててきました。しかし、近年は地球温暖化によって地域の気候が変わり、トナカイの飼育が難しくなっているといいます。このままでは、民族伝統の仕事を息子たちに引き継げないのではないか。エイラさんはその行く末を懸念しています。

スカンジナビアの北極圏からの証言

私の名前はオラヴ・マティス・エイラといいます。妻と3人の息子がいます。生まれてから今までの50年間トナカイと共に生きてきました。現在もノルウェー北部で500頭ほどのトナカイを放牧しています。私の一族は1400年代からこの仕事を続けてきました。
この20年間、私は気候のさまざまな変化を目撃してきました。以前は、昔から伝わる方法で天候が予測できたものですが、もうこのやり方は通用しません。

オラヴ・マティス・エイラさん
(C)Olav Mathis Eira

極北に降る冬の雨

トナカイ放牧で生計を立てているサーミの人々にとって、最も差し迫った問題は、冬の雨の量です。ここのような極北の地で、冬に雨が降るのは、本来極めて稀なことでした。昔だったら、30年に一度、起こるか起こらないか、というくらいのことだったのです。

しかし、嵐の数と降雨量が増えています。降るはずのないときに雨が降り、そのために湖や川を覆う氷の状態が不安定になります。そのため、昔から使っていた氷上の道を使うのは危険になりました。
氷上を通って、トナカイの群れの近くに行こうとすると、事故に遭います。私の2人の甥は、かつては歩いても安全だったはずの時期に、氷の上を歩いていた時、氷が割れて一人が危うく溺れそうになりました。幸いなことに、2人とも無事に帰ってきましたが、とても危険です。

トナカイの放牧を手がけるオラブ・エイラさん。北極圏の自然の豊かさが、伝統の仕事を支えてきた。 (C)Olav Mathis Eira

トナカイを襲う飢餓

このような天候の変化は、トナカイの飼育も困難にしています。以前は雪が降っていたのに、今では雨が混ざるようになったのです。
この冷たい雨は、降るとすぐに凍りつき、地表のコケを氷で覆ってしまいます。そして、氷に邪魔されたトナカイは、冬を生き抜くために必要なコケ類を、十分に食べることが出来なくなりました。これは、多くのトナカイを死なせる一つの原因となりました。

もちろん以前にも、コケや草が少ない年はありました。しかし、1980年代半ばからは、何年かにわたって、そのような年が続いたのです。そして同じことが1990年代初めに起こった時、放牧を手がける人々は、飼っていたトナカイの90%を失いました。

最近は、冬の間、私たちはトナカイに、餌として配合飼料を与えなければなりません。このためには、かなりの距離を移動しなくてはならず、高い費用が必要になります。でも、放牧を続けようと思ったら、選択の余地は無いのです。
それにもかかわらず、トナカイの数は減っています。よくはわかりませんが、気候の変動が一番大きな理由だと思います。

以前は10月に雪が降り始めた場所でも、今はクリスマスまで降らないことがあります。降った雪が消える時期も、年々早まっています。私たちは以前、4月になるとトナカイの肉を吊るして干し肉を作っていましたが、今ではハエがたかるので、この作業を2月にしなければなりません。

エイラさんが飼育しているトナカイたち。
(C)Olav Mathis Eira

ツンドラでの放牧。標高が低く、樹木の無い場所が理想的な環境だが、最近は樹木が増えてきたという。
(C)Olav Mathis Eira

森が迫ってくる

地球温暖化は、サーミの人々にとって重要な問題になっています。
温暖化の進行に伴い、特に蚊やハエなどの虫が、以前より多く発生するようになりました。トナカイは虫が嫌いなので、虫のいない標高の高い場所へ移動するようになりますが、標高は高ければ高いほど、食物となるコケが乏しくなります。

しかも暖かくなるにつれ、樹木が見られる範囲も、それまで木が根を張らなかった高地にまで及ぶようになってきました。その結果、私がトナカイを飼っている場所の周辺でも、森が年々広がり、深くなっています。トナカイの好むコケが育つ岩場も、木に覆われ、狭くなっています。

また、最近は、サーミの言葉では名前がついていない新種の鳥や虫を見るようになりました。これまでなら、冬の間に死滅していたはずの寄生虫が、死なずに生き残ることもあります。この寄生虫のために、私の隣人は70頭のトナカイを失いました。

1990年代の始め頃から、トナカイの飼育者たちは、現在の環境の不自然さを感じるようになりました。極寒の期間が長く続くことはなくなりました。このため、河や湖の氷は薄くなり、春にトナカイを遠くの場所へ移動させることが、とても難しくなったのです。この時期に死んでしまうトナカイの数も増えています。

伝統のトナカイ放牧の未来

天候の変化は、起こり始めたその時から、非常に大きな問題でした。
私たちは今の仕事を続けながら、どのように生きていけばよいのか、どこへ移動すればよいのか考えています。今の生活は不安定です。私たちは、トナカイを早めに移動させることで、気候の変化に適応するよう調整しています。しかし、昔の伝統と同じような方法は、もはや出来ません。
今、私たちは、地球温暖化は避けられないものだと確信しています。もうすでに、私たちの身の上で起きているのです。

世界トナカイ飼育者連合(World Reindeer Herders Union)や、その他の組織、研究機関が行なうEalat(イーラット)という研究プロジェクトでは、地球温暖化がトナカイ飼育に及ぼす影響について研究しています。

もしかしたら将来は、放牧のサイクル全体を方向転換しなければならないかもしれません。降るはずのないときに雨が降るのであれば、春から夏にかけての間は、平地ではなく、海辺に滞在しなければならないかもしれません。

私は、3人の息子のうちの一人が、家業であるトナカイの飼育を引き継いでくれることを楽しみにしています。しかし、それは良い生活とは言えません。将来が心配です。

若いトナカイに印をつけるエイラさんの息子。エイラさんは、家業と伝統を継承してくれることを期待している。

WWFインターナショナル/ホームページ掲載日:2007年9月17日
Climate Witness: Olav Mathis Eira, Norway
http://wwf.panda.org/about_our_earth/aboutcc/problems/people_at_risk/personal_stories/witness_stories/?113580/Climate-Witness-Olav-Mathis-Eira-Norway

科学的根拠

ラース・R・ホール氏(Lars R. Hole) ノルウェー大気研究所(Norwegian Institute for Air Research)大気・気候変動部(Atmosphere and Climate Change Department) 上席研究員

エイラさんの目撃談は、1800年代の終わり頃からノルウェーで観察されている一般的な温暖化と降雨量増加の事実と一致しています。気候モデルはノルウェー北部の天候がさらに激しくなると示唆しており、予測は益々困難になります。将来の気候についてはヨーロッパ北部の地域的な気候変動研究プロジェクト「RegClim」のサイトで詳細な情報を入手することが出来ます。

しかしながら、1800年代終わり頃からのノルウェーの気温や降水量などの傾向を見ると、地域によって差が大きく、季節によりその傾向も大きく異なります。また年や年代によっても異なります。例えば、1930年代にはノルウェー北部やラヴァンゲン(Lavangen)のあるトロムス(Troms)県では著しく気温が上がり、冬の気温は1990年代と同じぐらい高かったのです。これに対して、1960年代と1980年代では同じ地域の気温は大幅に下がりました。これによれば、過去100年の冬の気温変化はそれほど激しいものではなく、10年毎に約0.04℃上昇したに過ぎないといえます。

同様に、過去100年間にトロムスでの冬の降雨量は数パーセント増加しただけですが、10年単位での差が大きく、ここ20年は増加傾向が顕著でした。

しかしながら、ノルウェー北部では、特に冬場の気温が上昇し、降雨量が増加するだろうとすべての調査研究が予測しています。真冬に、地面が氷だけでなく重い雪で覆われると、トナカイの飼育は難しくなると思われます。春の訪れが早まり、伝統的なトナカイ飼育法をこれらの変化に適応させなければならないでしょう。

全ての記事は「温暖化の目撃者・科学的根拠諮問委員会」の科学者によって審査されています。

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