ページ内を移動するためのリンクです。

WWFの活動

四川省 震災復興現地レポート 【4】カルフールに胡椒(コショウ)を売る

WWF中国 プログラムコミュニケーションマネージャー 曽銘の報告

茂県に住む人々は、何有信さんが「六月紅胡椒組合」の代表であることは、知らないかもしれません。しかし「カルフールに胡椒を売った男」といえば、知らない人はいないでしょう。
2008年5月12日に地震が起きた後、何有信さんと彼が率いる胡椒組合は、34トンの胡椒をカルフール(フランスのスーパーマーケットチェーン)に売って、およそ300万元を確保するのに成功したからです。

故障組合代表の何有信さん

大粒で香り高い茂県の胡椒

岷山山脈に抱かれた羌族自治県の茂県は、宝頂溝ジャイアントパンダ自然保護区に隣接しています。
個人の平均年収が2000元を下回るこの地域は、国の標準から言えば、貧しい方に分類されますが、茂県の地元産品である「大紅袍胡椒」は、ふつうの胡椒よりも大粒で香りが良く、四川省ではよく知られています。この胡椒は、パンダの生息地周辺で暮らす村人たちの重要な収入源です。

しかし、長い間、胡椒の売買は、300人の仲買人によって独占されていました。彼らは胡椒を安く買いたたき、製品を改ざんすることもあったため、茂県ブランドの胡椒の評判は地に落ちてしまいました。何有信さんの故郷である溝口の町でも、農民たちは、胡椒が低価格で買いたたかれるのを黙って見ているほかありませんでした。一人一人の収穫量は小さく、大きな町から遠く離れた地域では、それ以外に為す術がなかったのです。

WWFの協力で、安定した販路を確保

こうした状況を変えようと、溝口の町では2005年、胡椒組合を立ち上げ、生産者による胡椒の販売を支援していくことにしました。その組合長として、ふるさとの町へ招聘されたのが、当時、茂県の中心部で仕事をしていた何有信さんでした。何さんは、最初の2年間で10万元を投入して、さまざまな食品見本市に組合員を出席させました。しかし、胡椒の売れ行きが10トンを越えることはありませんでした。

同じような状況が続く中、変化が現れたのは2007年です。WWFの紹介で、カルフールが関与するようになったのです。

ジャイアントパンダの保護に長年かかわってきた経験から、WWFは、パンダの生息地周辺に住む人々による影響は無視できないこと、そして、パンダの保護と地域の発展が共に図られるようでなければ、保護活動は成功しないことを学んできました。WWFは、安定した販路を持つカルフールに、地域共同体が生計を立てていけるようサポートしてもらえないかと提案しました。

WWFの仲介により、カルフールは厳密な製品の審査を行ない、そして2007年、"西羌六月紅"の入荷を決定、組合から15トンの胡椒を買い入れました。何有信さんと組合のメンバーは、ついに安定した販売先を見つけたのです。

主力作物である胡椒(コショウ)を天日で干す。

胡椒の加工作業。

胡椒を栽培している村の人々から胡椒を買い付ける。

震災後に茂県の胡椒を購入したカルフールのトラック。同社は被災地を救済するため、支払価格の80%を前払いした。

まるで孤島のように

2008年5月12日、何さんは町の茂県の中心部にあるインターネットカフェで資料の印刷をしていました。大きな揺れを感じた何さんは、友人を引っ張って店の外へ飛び出したところ、自分のトラックが崩れてきた壁の下敷きになるのを見ました。見わたす限り、すべての建物が倒壊していました。茂県の町は、震源からわずか10キロの地点にあります。水、電気、通信、道路、すべてが途絶え、まるで孤島のように、外の世界から切り離されてしまいました。

地震は、何さんの胡椒販売計画をも中止に追い込みました。2日後には上海でカルフールの担当者と会い、さらなる契約について話をする予定もあったのです。

何さんが茂県の中心地を離れ、溝口の町へ向かったのは5月15日のことでした。
5月の半ばを過ぎた頃、何さんは自分の家を、胡椒組合の一次避難所に提供、水とお粥の配給をしました。最初に避難してきたのは、九寨溝から徒歩で来た旅行者です。その後、山間の村の人々、兵士、ボランティアやレスキュー隊などさまざまな人たちがやってきました。「彼らはまさに難民でした。私は何かできることをしなければと思いました」と何さん。

もし今年の胡椒が売れなかったら...

このときWWFは、テント、医薬品、ラジオ、懐中電灯など10万元分の緊急援助物資を茂県に送りました。
何さんと胡椒組合のメンバーは、標高2000メートルを超える危険な道を運転して、これらの物資を村々に届けました。その途上、何さんは、何世代にもわたってこの地で胡椒の栽培をしてきた羌族の農村の家々が倒壊しているのを目撃したのです。
「もしも、この年(2008年)に収穫した胡椒が売れなければ、再建のための資金も得られない」何さんは心配になりました。

収穫がうまくいくには、よい条件と環境が必要です。しかし、地震で胡椒を干す作業場を含む多くの施設が倒壊してしまったすぐ後に、今度は雨期がやってきました。胡椒を天日干しする伝統的な方法が使えない場合も考えられ、収穫物を守るには、乾燥装置を使う必要がありました。何さんは中国貧困救済基金に支援を申し入れ、70万元の助成金を得て、60機の胡椒乾燥機と、10機の発電装置を買い入れました。

カルフールの協力で無事に胡椒を販売

7月、胡椒の収穫期を迎えた村々に、胡椒組合から乾燥機が届けられ、使い方の研修も行なわれました。何さんは、農民から1キロあたり、市場価格より3元高い値段で胡椒を買い付け、カルフールと一緒に貿易フェアを実施。被災地を助けるために、カルフールは契約した値段の80%を前もって支払いました。これは、被災農家にとって、震災後に手にする初めての実質的な収入となりました。

2008年、胡椒組合は中国国内の100店舗以上のカルフールで34トンの胡椒を販売しました。栽培農家の一人、景世花さんは「以前は、一年に6000~7000元くらいしか稼げなかった。今は1万元の収入があるよ」と喜びの声をあげています。

WWF 中国 プログラムマネージャー 李叶より

人々がお金を稼げるように支援することは、直接、お金を援助するより、優れた方法です。
地域共同体で、新しい産業を導入するプロジェクトを実施するときには、持続可能な発展につながることを何より配慮しています。これは、ジャイアントパンダの生息地の周辺にある村々が、自然資源に与える負荷を減らすための唯一の方法です。

胡椒組合の成長は、地域共同体、NGO、企業の3者が共に成功を収めたことを物語っています。
胡椒組合は、震災後に、茂県の胡椒生産者が立ち直るのにも手を貸しました。胡椒組合にとって、次なるステップは、主要な市場関係者としての役割を高め、パンダの生息地周辺にある他の村々を支援できるようになることです。
WWFと胡椒組合の協力関係は、自然保護と生活の発展の調和を実現につながると信じています。

▼この現地レポートのオリジナルはこちら(英文/PDF:1.7MB)

2009/8/21

関連するWWFの活動

パンダの保護活動

2000 A WWF Species Status Report より (C)WWF/Fritz Polking はじめに ジャイアントパンダは世界中で広く愛されている動物で、ご存知のとおりWWFのシンボルマークとしても、1961年の設立当時から幅広く認知されてきました。 しかし、ジャイアントパンダ...続きを読む


中国・四川大地震の救済活動

WWFは現在、四川大地震により被災したジャイアントパンダの保護区周辺において、被害の影響調査や、地域の住民への支援活動を展開しています。このプロジェクトを支援するため、日本でも緊急支援を募りました。ご協力いただきました皆さま、ありがとうございました。 保護区および周辺地域への支援を行なっています ...続きを読む

あなたの支援で、できること。たとえば… 資源の持続可能な利用を促す WWF会員が125人集まれば、企業が自ら、違法伐採の木材商品を購入していないか、チェックできるウェブサイトを作ることができます。 「あなたの支援でできること」を見る