2009年3月27日 WWFジャパン・気候変動プログラム
昨年の11月より開催されてきた中期目標検討委員会において、この度、日本の温室効果ガス排出量削減中期目標について「複数の選択肢」が示された。
WWFジャパンは、2009年1月23日に本研究会の「仮分析」が示された後、本研究会における議論のあり方について懸念を表明する声明を2月10日に発表した。しかし、その後に研究会で行なわれてきた議論や、今回「本分析」後に再構築された「複数の選択肢」を見ても、その懸念は解消されていない。
そこで、前回既に述べた懸念を含め、改めてWWFジャパンとして懸念するポイントを、以下コメントとして発表する。
気候変動の影響を最小とするために「必要とされる」削減量の達成を目指し、京都議定書から逆行するような選択肢は排除すべき
IPCCの第四次評価報告書では、気候変動による被害を最小限に抑えるシナリオを達成するためには、先進国は温室効果ガス排出量を2020年までに1990年比25~40%削減することが必要であると示されている。
中期目標検討委員会での議論では、目標の実現可能性が重視されるあまり、この削減幅が軽視されてしまっている。無論、目標の実現可能性への配慮はされるべきであるが、中期目標を掲げる本来の意味を重視すべきである。それはすなわち、日本が、気候変動による被害を最小限に食い止めるための国際努力において、責任ある役割を果たすことである。
したがって、日本が掲げる温室効果ガス排出量削減目標は、上述のIPCCが示した範囲と整合性を持った目標でなければならない。この25~40%という範囲は、2007年のウィーンでの国連気候変動会議以降、続いての同年のバリ会議、そして昨年のポズナニ会議でも、先進国が全体として掲げる目標についての、一つの重要な範囲であるとの認識が示されてきた。
上述の削減幅ですら、国連会議の議論の中では、気候変動の被害をすでに受けているツバル等からなる小島嶼国連合からは不十分であるとの認識が示されており、それらの国々は「少なくとも」40%の削減をするべきだとの声を挙げている。
アメリカのオバマ政権が掲げている目標が「2020年までに1990年水準まで削減する」というものであるため、そもそもこの削減幅は達成が困難であるという声も挙がっている。たしかに、先進国の中で最も重要な排出国であるアメリカの目標が低ければ、先進国全体としての目標達成は困難になってしまう。
しかし、コペンハーゲンへ向けての国連交渉が本格化する現時点にあって、検討の選択肢の中から、アメリカのそうした立場を理由に「率先して」この削減幅を軽視するようでは、日本は今後の国際的な気候変動対策において先進的な役割を果たすことはできない。
提示されている検討の選択肢の中には、この削減幅を明確に意識したものが少なく、中には1990年比で排出量を増加させる可能性を含む選択肢すら含まれている。「必要な削減量」は軽視する一方で、京都議定書の目標である-6%(仮に吸収源や京都メカニズムの役割を考慮したとしても-0.6%)から完全に逆行するような目標が選択肢として検討されるという事実は、それ自身が日本の消極的態度を国際社会に対して示すものとして捉えられかねない。少なくとも、京都議定書目標から逆行するような選択肢は明確に排除されるべきである。
対策のコストだけではなく、気候変動の影響によるコストも考慮すべき
中期目標検討委員会でのこれまでの議論では、対策コストの議論に重点がおかれる一方で、気候変動による日本への影響がどの程度になるのかという包括的な評価が行われていない。このため、対策の費用が強調される一方、対策をとらないことによる費用が極めて不明確である。
気温の変化や海水温の変化が、農林水産業などの第一次産業に対して直接的な影響を与えることは、容易に想像がつく。また、気候の変化が四季の移ろいに影響を与えたり、降雨量・降雪量に影響を与えたりすることで、観光業やレジャー産業にも影響が出てくることが予想される。さらには、海面上昇に備えての護岸工事等によって、余分な公共工事費用がかさむことも予想される。こうした影響に加えて、日本が持つ豊かな生態系そのものに対する影響への懸念も高まってきている。
温暖化の影響が日本にどれだけ顕れてくるかという問題は、日本の中期目標だけで決まるわけではなく、他国における排出量削減の度合いも当然影響してくる。しかし、日本が定める中期目標の水準は、同時に国際的な削減努力の水準を想定しながら決めていく以上、その決定は、日本として、間接的にどのような水準の気候変動影響であればやむを得ないとするのかという判断を下したことになる。それは、上述のような形で現れてくる日本の影響だけでなく、世界の他の国々への影響についても同様である。その判断の過程で、対策をとるためのコストだけが検討され、影響が顕在化した場合のコストとの比較がなされていないことには、重大な欠陥がある。
英国で発表された「スターン・レポート」では、世界の気候変動の影響を包括的に試算した結果として、対策コストが世界GDPの約1%であるのに対し、悪影響へ対応するコストはGDPの5%から20%に達すると指摘された。日本においてもこのような包括的な気候変動の経済報告を早急に発表し、悪影響への対応費用との比較も加えて、中期目標の検討を行なうべきである。
どれだけデメリットがあるかだけではなく、どのようなメリットがありえるかを検討すべき
現在の議論は、追加的な温暖化対策を行なうことでどのようなデメリット、たとえばGDPへの影響や失業率への影響がどれだけ出てくるのかということに重点が置かれている。
その一方で、対策を実施していくことによって、どのようなメリットがありえるのかという点が過小評価されている。メリットとして代表的なものは、以下である。
第1は、エネルギー・コストの減少である。気候変動対策は、省エネという需要側の対策をとるにせよ、再生可能エネルギーの推進という供給側の対策をとるにせよ、いずれのケースでも化石燃料の使用が減る。これは、単に個別企業においてエネルギー・コストの減少につながるというだけでなく、日本の化石燃料への依存を減らし、エネルギー自給率を上げることにもつながる。
第2は、対策を推し進めることによる新規産業・新規雇用の創出と技術開発の可能性である。2020年までの目標達成の努力は、2020年以降の日本の発展にもつながりうる新規産業や新規雇用の創出や、技術開発を促進する可能性が高い。省エネルギーに関する機器やサービスの開発、そして再生可能エネルギー産業の育成などは、こうしたメリットが期待できる分野として有望である。
世界的にみても、再生可能エネルギーの分野は新しい成長産業としての位置づけが明確になってきている。2007年~2008年の1年間だけでも、太陽光と風力を合わせた市場規模は53%も成長しており(2008年時点で1159億ドル)、10年後にはさらにそれが2.8倍の規模まで拡大するという試算もある。そして、それは同時に大幅な雇用の増加にもつながると予測されている 。
こうした新規産業・新規雇用の創出を2020年のさらに先にかけて促進していくためにも、2020年の目標は重要な役割を果たすと考えられる。
現在の延長ではなく、新しい社会の構想を行なうべき
気候変動政策の分野だけに限らず、日本社会全体にとって、今は転換期に当たるといえる。
一つは、昨年秋からの経済危機である。当初、日本への影響は大きくないとみられていたが、アメリカの危機が深刻化し、それが世界に波及するにつれ、日本にも甚大な影響が発生してきた。今では、日本を代表する企業にまで影響はおよび、回復の見通しも立たない状況である。今回の経済危機は、日本の産業構造が持つリスクを示し、このままでよいのかという議論を改めて巻き起こしている。
もう一つの転換点は、日本が人口減少に突入したということである。日本の人口は、2005年から減少が始まっており、2020年ではまだ1億2千万人を維持するものの、2050年では1億人を切ると言われている。これは、単に数字上の変化だけでなく、都市・地方におけるインフラのあり方など社会の根本的な見直しを迫る変化となりえる。
このように、日本が社会全体として転換期にあることをふまえ、2020年の中期目標は、その先を見越した社会の構想を含んだものでなければならない。
各種モデル試算で使用されているモデルの多くは、パラメーターや産業構造のベースについて過去の構造から作られている。それ自体が問題であるわけではないが、そうしたモデルの特性から、これから2020年と、さらにその先の低炭素社会へ向けての構造変化を検討するには限界があることを踏まえることが重要である。
低炭素社会を構築していこうとする際には、あえて、大きな構造変化を前提とする検討も含めるべきである。
日本の国際社会における役割を認識すべき
2009年末のコペンハーゲン合意を目指して、国連の気候変動に関する会議が加速して行なわれていく。その第1回が3月28日からドイツ・ボンで始まるが、27日午後の事前会合において、世界がそれぞれの中期目標の発表を行なうことになっている。日本は、今回の中期目標検討の結果を持ち込むことになるが、世界が、京都議定書の目標よりも低い選択肢も含む日本の発表をどう見るかが注目される。第2回の6月の気候変動の会合までに、日本はいよいよ自国の中期目標を決定して発表することになっているが、世界の気候変動枠組み交渉の足を引っ張ることなく、リーダーシップを発揮できる選択とは何かを熟慮する必要がある。
1990年以降、日本は残念ながら、まだ温室効果ガス排出量を減少に向かわせることに成功していない。2013年以降の将来の枠組みにおいては、途上国に対しても、排出量の削減行動への協力を呼びかけていくことになるが、高度な技術力を誇る日本ですら、排出量を減少傾向に向かわせることが出来ていない中で、途上国に対して大幅削減を訴えることはできない。
野心的な中期目標をかかげ、自らが率先してその達成を実現していくことによってしか、必要とされる削減の実施を他国に対して要求するすべはない。国際社会の中で先進国の一員である日本は、温室効果ガス排出量削減の「実践」において、明確なリーダーシップを示すことが求められているのである。
日本は、どれだけできない理由があるかをあげつらうのではなく、いかにすれば大幅削減を達成できるのかを検討し、世界に対して示していくことこそが、京都議定書のホスト国が、コペンハーゲンという次のステップへ向けての世界の前進に真に貢献するために必要な姿勢である。
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